春は、香りとともに。
***
夜。長屋に戻り、簡素な夕食を終えたあと。
志野子はふと、古道具屋で買ってきた絵本を手に取った。
「……少し、読みましょうか。先生の代わりに」
「よろしいのですか?」
志野子は頷き、柔らかな声で読み始める。
それは昔話のようでいて、どこか懐かしい、春の森の物語だった。
惟道は静かに目を閉じて、その声に耳を傾ける。
(……なんて、あたたかい声なんだ)
過去の寂しさが、少しずつほぐれていくのを感じていた。
まるで、あの夜の家の灯りのように、志野子の声が胸を照らしていた。