あのね、先生

episode2. 先生との出会い🌼


そう、あれは——
忘れもしない10年以上前の話。


中学二年の春。


私は、できるだけ目立たないように生きていた。

授業で当てられないよう、黒板を見つめるふりをする。
意見を求められても、「特にない」と曖昧に笑ってやり過ごす。

本当は言いたいことがあっても、
喉の奥で止めてしまうのがいつものことだった。


そんな私が、数学の成績不振を理由に、
親に勧められるまま通うことになったのが、近所の個別塾だった。


塾は、苦手な勉強をひたすら強制的にやらされる場所。
正直、いいイメージなんて無い。


楽しい場所じゃないし、面倒だし。
通いたくなんてなかった。


不安と緊張、そして憂鬱の中
迎えた塾の初日。


室長室で室長から説明を受けて、
「じゃあこちらへ」と案内された。



そこには——



白いシャツに深い緑色の
カーディガンを羽織った、

爽やかな雰囲気の男の先生が
こちらを向いて立っていた。


肌はやや白く、
無造作に流したこげ茶の髪。

その柔らかな目元や落ち着いた雰囲気は、
どこか年上らしい安心感があった。


この人が私の担当なのかと思ったら、一気に緊張が増した。

しかも、

親族以外の男の人はちょっと苦手で——
できれば女性の先生がよかった。



「はじめまして。今日から担当する佐野です」



——佐野先生。


落ち着いた声。
穏やかな微笑み。


初めて会ったのに、どうしてか
少し緊張がほぐれた気がした。



この日から、
佐野先生は、私の数学担当になった。



最初の授業では、
簡単な問題でも、答えがうまく言えなかった。

頭では分かっているのに、
「間違っていたらどうしよう」と思うと、口が動かない。


「……たぶん、xは3、です」


恐る恐る言うと、先生は笑った。


あ……やっぱり間違えてるんだ。


そう思って(うつむ)きかけた私に、
先生は言った。



「うん、その考え方いいね」



顔を上げる。



「答えは違うけど、そこまで合ってるよ。どうしてそう思ったの?」



どうして、って。

説明なんて、うまくできるわけがない。



言葉が詰まる。



けれど先生は、(さえぎ)らなかった。
急かさなかった。


ただ、待っていた。


「……ここが、こうなってるから……」


たどたどしく話す私に、先生は何度も頷いてくれた。


「三崎さんって、ちゃんと考えてから話すよね」


その一言に驚いた。


ちゃんと、考えてる?

私が?


今まで、そんなふうに
言われたことはなかった。


「間違えてもいいよ。三崎さんの考えを聞かせて」


心が弾んだ瞬間だった。


その日から、
私は少しずつ、意見が言えるようになった。


気づけば、学校でも、
友達の輪の中でほんの少し、自分から話せる瞬間が増えていた。



——きっと、以前の私なら、ここまで話せていない。



塾に行くのが、
いつの間にか楽しみになっていた。



いつも教室に、最後まで残って
談笑する時間が好きだった。


帰り際、「またね」と微笑まれると、
それだけで胸が高鳴る。




どんどん先生のことが、
好きになっていくのがわかった。




そして高校二年の冬。

私は、先生に気持ちを伝えようとした。




「あのね、先生——」




けれど、その先の言葉が出ない。




「……やっぱり、なんでもない」




私は笑って誤魔化した。




——所詮、私は高校生。


彼は大学生。




向こうからしてみれば、
私なんかきっとまだ子供で、




脈なんてないんだ。




先生は大学卒業を機に、
塾を辞めることになり、


私は最後まで何も言えないまま、
別れの日を迎えた。





——そして、私は現在(いま)


もう一度、先生の前にいる。




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