ドジっ子令嬢は着ぐるみうさぎに恋をする
第1部(千成サイド):1章 晴れのち雷雨
あぁ……早くしないと。
また鬼島(おにしま)チーフに雷を落とされちゃう。

早歩きで廊下を進む私は、両腕に大きな箱を抱え、右手のピースサインの指に資料を器用に挟んでいた。

箱自体はさほど重くはない。けれど、何せ大きい。身長150センチの私の視界は、すっかりふさがれてしまっている。

うん、我ながら上出来。
これなら一気に全部、会議室まで運べる!

そう思った矢先。

 

ドサッ!

 

「いったぁぁ、何が起こった?」


衝撃で箱と資料を派手に落とし、尻もちをつく。

鼻先をかすめたのは、森の中みたいな青い香り。柑橘の爽やかさも混じって、胸がざわつく。

目の前にはピカピカの革靴。恐る恐る顔を上げると、やっぱり鬼島……もとい、霧島海都(きりしまかいと)チーフ。


「はなむらーー‼︎」


チーーン。
今朝も雷落とされた。


「朝からおまえか、カメ子? チッ、とっととかき集めて会議の準備しろ!」

「は、はいっ!」


慌てて資料を拾い、箱を探すと、先輩お姉さんが笑って教えてくれた。


「それならチーフが会議室へ持ってったわよ。千成(ちなり)、また怒られちゃった? 気にしない気にしない」


チーフ、持ってってくれたんだ。怒られたけど、ちょっとだけ嬉しい。
急いで資料を抱えて会議室へ。

 


中ではすでに会議が始まっていた。音を立てないように資料を配り終えると、先輩が小声で頼んでくる。


「みんなのコーヒー、お願いね」

 
会議室奥のコーヒーバーで準備しながら、こっそり耳を傾ける。話題はもうクリスマスシーズンのショー。ピーターズファミリーの着ぐるみたちが子どもたちと触れ合う計画に、ちょっとワクワクする。

6人分のカップを用意してトレーに並べ、ゆっくり運ぶ。

右足、左足、抜き足、差し足。よし、このままいける!


「私、やればできる子ちゃん!」


心の中でガッツポーズ。まずはチーフのカップを――やばい……いや、大丈夫……よし
セーフ! あっ、やっぱりやばい‼︎
 


ガシャーーン‼︎

 

あぁ、やっちゃった。

左手のトレーは床へ派手に落ち、右手のカップはチーフの膝にダイブ。

シーンと静まり返る会議室。
ゆっくり立ち上がる鬼島チーフのパンツには、くっきりとシミ。

私は視線を下げたまま動けなかった。


「ハァ……またおまえか、カメ子」


深みのある声での呟きが耳に刺さる。
南極のような冷たい静けさが、会議室中に広がった気がした。

その一言に、床の破片よりも心が粉々になりそうだった。








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