ドジっ子令嬢は着ぐるみうさぎに恋をする
2章 九条+花村÷千成=カメ子
医務室で少し休むように言われた私は、更衣室で予備の制服に着替えていた。
連れてきてくれた先輩は心配そうに『無理しないでね』と言って去っていったけれど、その言葉すら胸に重くのしかかる。

結局、私は何も変われていない。
二十二年間、ずっと“何もできないドジっ子”のまま。

ロッカーのドア裏に貼った小さな鏡をのぞき込む。そこに映るのは、肩を落とし、目を伏せた情けない自分。けれど同時に、頭の奥に浮かんでくるのは絢爛(けんらん)な照明がきらめくホールの光景だった。

私は九条千成(くじょうちなり)。今は母の旧姓を名乗って花村(はなむら)を名乗っているけれど、本当は「九条ホテル不動産」の娘。父は業界でも名を轟かす社長で、今なお“慶智(けいち)の王子たち”と持てはやされる存在。母・葉子(ようこ)は有名アパレルブランドの副社長で、颯爽とドレスを着こなす姿は誰もが振り返るほど。そして双子の兄・冬万(とうま)は成績優秀で、文武両道の理想の跡取りだ。

きらびやかなパーティー会場で三人が並ぶ姿は、まるでドラマのワンシーンみたいに眩しくて。でもそこにいた私はただの凡人。誰にも気づかれない、脇役みたいな存在。

中学生のとき、大人たちが交わすひそひそ話を偶然耳にしてしまった。

『九条の息子は学年トップだ』『でも娘のほうは期待外れだ』

笑いながら放たれたその一言は、胸の奥を鋭く刺した。

私なんて、いらないんだ。

その日を境に、父は冬万と二人で出かけることが増え、私も自然と距離を取るようになった。

鏡に映る自分を見ながら、心のどこかでずっと思う。

どうして私は、あの家族の中で唯一“平凡”に生まれてしまったんだろう……。
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