秘めた恋は、焔よりも深く。
美咲は資料を片手に社長室に入ると、真樹がいつもよりも上機嫌で迎えてくれた。

「お疲れさま、佐倉さん。ちょうどよかった。」

美咲は少し驚きながらも、丁寧に答えた。
「ご報告の件で参りました。」

「うん、それもだけど……実は別件で、ちょっとお願いがあってね。」

美咲は不安そうな表情を浮かべながら、「……お願い、ですか?」と尋ねた。

真樹は手元の書類をひらりと持ち上げ、それを美咲に見せた。
そこには、あるキャンプイベントの企画書が載っていた。

「これ、再来週末の『カップル限定キャンプ』の企画書だ。
先方からの強い要望で、“実際に参加経験のあるペア”を交えてのモニタリングが必要なんだ。」

真樹は一呼吸おいて、にこやかに続けた。
「で、実は……君にお願いしたいんだ。」

「……私に?」
美咲は驚きながらも、真樹の表情を見つめた。

真樹は少し考え込んだ後、軽く笑いながら言った。
「実は、黒瀬から聞いたんだ。先週、佐倉さんとキャンプ用品専門店で偶然会ったって。」

「先ほども言ったように、キャンプ経験者を、と先方から期待されている。
急な日程で申し訳ないが、頼まれてくれないだろうか?」

真樹はそう言いながら、机の端に置いてあった別の書類を手渡した。

「場所は…満天の星リゾートが経営する、この施設だ。」

美咲は受け取った書類に視線を落とす。
そこに載っていた写真と施設名を見た瞬間、心の奥で小さく息をのんだ。
(……ここ、前から気になっていた場所だわ)
口には出さず、資料を丁寧にめくりながら心を整える。

「再来週ですか?」

「そうだ。金曜の午後に出発して、日曜の夜に帰る。スケジュールはすべてこちらで調整する。」

ほんの一瞬だけ迷いが過ったが、美咲はすぐに顔を上げ、落ち着いた声で答えた。
「……かしこまりました。参加させていただきます。」

「助かるよ。」
真樹は満足げに微笑み、書類を揃えながら続けた。
「特別手当もつくし、交通や滞在費はすべて会社持ちだ。よろしく頼む。」

美咲は軽くうなずいたあと、ふと資料の表紙に視線を落とし、少し躊躇いながら口を開いた。
「あの……社長、この“カップル限定”ってありますけど……ほかに、どなたがご一緒されるのでしょうか?」

真樹はその問いに、にっこりと笑って即答した。
「黒瀬だよ。当然だろう。」

「……黒瀬さん、ですか?」

「ああ。彼は直属ではないが、君の上司でもあるし、自分の立場も理解している。何かあれば君を守ってくれるだろう。」

「……何かあれば、って……?」

真樹は書類を軽く叩きながら、穏やかな声で言った。
「私は黒瀬を信頼している。たとえば、セクハラまがいのことや、先方スタッフが万が一君の意に沿わないことをしようとした場合――彼がそれを防ぐ。そういうことだ。」

「……」

「まあ、何も起こらないとは思うがね。」
真樹は軽く肩をすくめた。

美咲は小さく会釈し、心の中で再び施設の写真を思い浮かべた。
再来週…あの場所で、自分は何を感じるのだろう。

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