すき、という名前の花

少年の不思議な体験

しばらく日が経った、ある日のこと。
Aは、いつもみたいにちょっと遠回りをしながら、ゆっくりと家に帰っていた。

空の色が、午後になってから少しずつくすんできていたのは気づいてた。
けれど、それが雨になるなんて思ってもいなくて、Aはのんびりと歩いていた。

そんなときだった。

——ぽつん。

頬に、小さな雫が落ちた。

次の瞬間、空は何かがはじけたように泣き出して、
雨粒が勢いよく地面を叩きはじめる。

「……うそ」

傘は持っていなかった。
Aは慌てて鞄を頭にかざし、そのまま駆け出す。

でも——すぐに思った。
この雨じゃ、前に進めない。

足を止めて、まわりを見渡す。
でも、見えるのは荒れた空き地だけで、住宅街の気配なんてどこにもない。

このまま濡れるしかないのかな……。
そう思ったとき。

視界の隅に、何かの影が見えた。

——建物?

Aは、小さな希望にすがるように、そちらへと足を向けた。
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