東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
「紀糸! 迎えに来ました!」
金曜日、待ちきれずにわさびは空港まで紀糸を迎えにきた。
「わさび、迎えありがとう。樋浦氏からメッセージが入っていて驚いたよ」
───圭介は余計な事をします。わさびのサプライズが……
「わさびちゃん、ヤッホー!」
今日、紀糸は1人じゃなかった。
「大路弁護士です……こんばんは」
「あら? 歓迎されてない感じ? 悲しいなぁ」
「わさびは元々こんな顔です。あしからず」
わさびはこの人に……
“わさびさんについても、まだお若いせいもあるでしょうが、東雲の嫁としての役目をこなせるかどうか、また、その立ち振舞いに些か不安が残ります”───と言われた事を根に持っている。
「すまないわさび、今日は結婚式の事で話し合いたくて、コイツを連れてきたんだ」
「いいでしょう、わさびは五郎さんが来てくれて嬉しいので、問題ありません」
───五郎さんに感謝してください。大路弁護士……
結婚式の話し合いは、わさびの社宅のリビングで圭介も含めた4人で行われた。
「話し合いの前にいいか? 俺達は、結婚式の前に入籍する事にした。予定としては、わさびが記念日を覚えやすいように9月1日にしようと考えている」
「は? 来週じゃないか!」
「五郎さんの勤務開始日じゃないですか!」
「「……」」
紀糸のビックリ発言に、大路弁護士とわさびの声が重なり、なんとなく気まずくて顔を見合わせた。
「樋浦氏、わさびの戸籍謄本は用意してくれたか?」
「はい、取ってきましたよ」
いつの間にかわさびの戸籍謄本が圭介により入手されており、今まさに、紀糸へと横流しされた。
「晴人、樋浦氏、婚姻届の証人欄の記入を頼む」
「「え?!」」
紀糸の言葉に圭介も大路弁護士も何故か驚いている。驚く事があるだろうか。だって……
「わさびには、お爺か圭介しか考えられません、お願いします圭介」
圭介がいなかったら、わさびは色々大変だったはずだ。これまでもこれかも、わさびの一番そばで支えてくれるのは圭介しかいない。紀糸は、また別の存在だ。
「わかりました、僭越ながら僕が亡き喜八氏の代わりを務めさせていただきます」
よかった。
「俺は───手っ取り早く、お前でいいかなって」
「おぉぃ! そこはなんかさ、もっとさ! ……はぁ、いいよもう別に……俺が結婚する時は、紀糸に頼むからな!」
───こちらとあちらの証人欄には、かなりの温度差があるようです。
二人から証人欄に記入してもらった後、わさびと紀糸も記入欄を埋めた。
「わさび、姓は東雲でいいか? 神楽のままがいいか?」
「東雲がいいです。事実婚でないのなら、紀糸と一緒がいいです」
「そうか、良かった」
紀糸はすごく安心していた。頭の中も嬉しそうだ。お爺にもらった神楽の姓とは、もうすぐお別れだが、別にわさびはどうでもいい。
めんどくさい氏名変更の手続きは、圭介にしてもらう。
「じゃぁ、9月1日に俺があっちで提出しておく」
「わさびも一緒に行きます!」
───あ、また紀糸が嬉しそうです。紀糸が嬉しいとわさびも嬉しいです。
わさびが紀糸の腕にピッタリくっつくと、紀糸もわさびの頭を撫でて、チュッと額にキスしてくれた。
「……おい、まだ結婚式の話が始まってすらいないんだからな、イチャイチャすんな」
───大路弁護士はわさびの敵です……
こうして、わさびは来週には東雲 山葵になることになった。