東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
 
 
「CEOっご結婚おめでとうございます」
「紀糸さん、競馬新聞見ましたよ! おめでとうございます!」
「CEO! 自分、競馬場で見てました! おめでとうございます!」
 
 わさびと入籍した翌日から、沢山のメッセージを受信し、会社では名前も知らない社員や外部の人間など、何人にも声をかけられた。
 競馬新聞への掲載は予定外だったが、予想以上に東雲の後継者の入籍は知れ渡ったようだ。
 
 そうなると、間違いなくあいつが現れる。
 
「いやぁ~、まさか冷酷と言われた東雲家の御曹司が“KITO♡WASABI”だなんて、ハートマーク付きの冠レースをつけた挙句、観客の前で指輪の交換なんて寒いことまでしちゃうなんて、証人の俺もビックリだわ」
 
 やはり現れたか、晴人。
 
「どうしちゃったのお前、中身誰かに乗っ取られてない?」
 
「悪いか、俺は俺だ。お前も本気の相手が出来ればわかる」
 
「いや、冗談じゃなくてだな……血も涙もない冷徹な東雲のイメージが緩和されたのか、株価がなぜか爆上がりだ。意図せず、イメージ戦略につながったみたいだぞ。東雲家の御曹司は愛妻家ってな」
 
「いい事じゃないか」
 
「そうなんだよ、いいことなんだよ」
 
 ───だったらなんだ。何か他に文句でもあるのか。
 
「でもな、広報部に問い合わせが殺到して、そっちは地獄絵図だ」
 
「……」
 
 そういうことか。そこまで影響が及ぶとは考えていなかったとはいえ、悪いことをしてしまった。
 
「買収先である神楽家のご令嬢との、この期に及んでの再婚約から結婚までの裏話を聞かせて欲しい、結婚式にはいくらかけるのか、花嫁衣裳はどこで、結婚指輪はいくら、招待客のリストを公表して欲しい、結婚式までの日々を独占取材させて欲しい……っだとさ、世間は御曹司の結婚に興味津々だ」
 
「くだらない」
 
 一般人の結婚を追いかけて何が楽しいんだ。芸能人でもあるまいし、視聴者が喜ぶはずがないだろ。時間と金の無駄だ。
 
「それだけじゃないぞ。わさびちゃんの名前が知れ渡ったからか、これまでに一度も東雲と関わりのなかった国内外の超大物達から、結婚式に呼んでもらっていない、と東雲にクレームが来てる。結婚式はまだ先だと回答して納得してもらったから、ここらは招待しないとまずいぞ。わさびちゃんが把握しているわけないから、樋浦氏頼みだな……」
 
「喜八氏の顔でつながっていた人物たちか……」
 
「そうだろうな、でも、そんなクレームを言ってくるくらいだ。わさびちゃんを相当可愛がってたんだろうな。とある国の大使館から英語のクレームを取った社員は半泣きだったぞ」
 
 大使館……間違いなく、話に聞いたカルロ氏に違いない。
 
「招待客が多すぎても会場に入らない。取捨選択しなければ」
 
「いっそ、北海道で挙げたらどうだ? 招待状だけは配って、来れる人だけなら、だいぶ減るだろ」
 
「全員来たらどうするんだ。それこそ、航空機をチャーターしなければならない人数になる」
 
 わさびの方は、本人は知らぬ所だろうが、熱狂的なファンにも似た人間が多いように思う。
 
「来賓のみとして、取引先にはご遠慮願うしかないだろうな……」
 
 まだ会場も決まっていないと言うのに頭が痛い。
 おそらく、わさびはこの手のことは面倒だ、と樋浦氏に丸投げするだろう。それはそれでいい。わさびには、衣装合わせだけきちんとしてもらえれば、十分だ。
 
「うちの親は、何か言っているか?」
 
「いいや、今回の冠レースの件については、不気味なほどに静かだ。あちらはあちらで自分の息子の行動に驚いたんじゃないか? もしくは、当主にもここと同じようなクレームの連絡が入って、頭を悩ませているか……」
 
 カルロ氏の一件から推測するに、その線が強いような気がした。
 いずれにせよ、挙式の目標は一年後だ。やるしかない。
 
「晴人、急いで専属のウェディングプランナーを探してくれ。その人物に全て任せる」
 
「俺もそれがいいと思ったから、すでに何人かには当たってある。お前と樋浦氏は招待客と衣装だけ決めてくれ」
 
 俺とわさび、ではなく、俺と樋浦氏と言うあたり、すでに晴人もわさびの性格を把握したようだ。さすがは東雲の専属弁護士だ。
 
「助かる、で、話は終わりか? 忙しいんだ、もういいか」
 
 この話でだいぶ時間を取ってしまった。
 
「……俺、泣いてもいいかな?」
 
「……好きなだけ泣くといい。ただし、この部屋からは出て行ってくれ。集中できない」
 
「……(ぐすん)」
 
 
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