東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
「わさび、ずっとやりたかった事があるんだが」
「なんですか?」
「シノノメ・ホースに二人で乗りたい」
「……」
シノノメ・ホースは競走馬の中でも大きな方だ。わさびと俺の二人くらいは乗せて歩くくらいは容易だろう。
「わさびはいいですが、ゼロさんが紀糸を乗せてくれるかどうか……」
「俺はまだ、アイツに名前の件で嫌われているのか?」
「……」
わさびの無言は肯定ととる。
結婚式から2週間が経過した。
先日の結婚式には、ノーザンからは施設長夫妻のみが参加となったが、大物ばかりで絶対に楽しめなかったに違いない。
そこで俺は杏奈ちゃんに習い、サプライズを計画した。わさびには、しばらくは俺の頭を覗くな、と言ってある。
そして今日、それを決行する。
「わさび、今日はこのワンピースにしたらいい」
俺は白いワンピースをわさびに着せた。
今日は俺も白いシャツに着替える。
「紀糸、なんのつもりですか? こんな白い汚れそうな格好でゼロさんに乗れるわけが───っ」
俺はわさびを抱き上げ、蝶ネクタイでめかし込んだシノノメ・ホースに乗せた。
そして、俺がその後ろに飛び乗る。
最後にわさびの頭に花冠を乗せて完成だ。
「嘘です! ゼロさんっ! わさびを騙したんですか? つい昨日まで、紀糸の悪口を言っていたくせに! 何故乗せてるんですか!」
『……』
「わさび、実はだいぶ前に俺は誠心誠意、ゼロに謝罪した。センスのない名前を付けてすまなかった、と。そして和解したんだ」
シノノメ・ホースが昨日俺の悪口を言っていたというのは、普通にヤツの本心だろう。だが、和解してからしばらく、ブラッシングなどをしたりと足繁く通った結果、ついに俺のことを認めてくれ、乗せてくれたのだ。
「そんなっ───わさびを騙すなんて、ゼロさん凄いです。紀糸も……それで頭を覗くなと言ったのですね?」
「そうゆう事だ。ほら、乗馬デートに行くぞ」
俺達を乗せたシノノメ・ホースは、足取りが軽く、どこか上機嫌に見える。
草原を駆け、水平線を眺め、ぐるりとノーザンの敷地を一周して、施設に戻ってきた。
そしてそこには───
「「「オーナー、東雲さん! 改めてご結婚、おめでとうございまぁぁあす!」」」
「オーナー、花冠なんかつけて、花嫁さんみたいですよー」
「「可愛いー!」」
……と、沢山のノーザンのスタッフの姿があり、手を振っている。
おそらくカフェでは、ささやかなパーティーの準備をしてくれているはずだ。
俺はわさびにブーケを渡した。
「ほら、ブーケトスだけでもしてやれ。杏奈ちゃんが気合い入ってるぞ」
「……」
───この前はわさびの結婚式なのに、一番祝ってもらいたかっただろうノーザンのみんなを呼べなかったからな。
そう、俺が頭の中で思うと……
「まさか……この白い小綺麗なワンピースはウエディングドレスの代わりですか? あれ? ゼロさんも首になんか付いてます。お洒落してたんですね……紀糸も白いシャツです……」
ようやくシノノメ・ホースの蝶ネクタイの存在と俺の白いシャツの意味に気付いたようだ。
「粋な事をしてくれますね、わさびの旦那様は。でも、ブーケトスはしません……わさびの幸せはわさびのものです。誰にもあげません」
ブーケを胸の前でギュッと抱きしめるわさび。
「杏奈ちゃんがいじけるぞ」
「あとでこの花冠をあげます」
「そうか」
シノノメ・ホースは、ゆっくりと歩みを進める。
「わさび、これからもよろしくな」
「いいでしょう」
まさかここで、得意の上から目線。
「っ……はは! ここでそう返すか、お前は」
ムードも何も無い。でもそれがわさびだ。
皆んなのわさびちゃんだ。
───俺はきっと……この先もずっと、わさびちゃんに首ったけだ。

fin..

