深緑の花婿

不思議な気持ち

 従者の部屋に着いた後、すでに白人(しろと)彩女(あやめ)は夕食を食べ始める直前だった。(すね)の傷の件もあり、コノハは白人や彩女より後に食べ終えた。


 三人が夕食を済ませた後、コノハは彩女と部屋の外に出た。コノハが皇宮(こうぐう)赴任(ふにん)してきたから、毎日、彩女と一緒に浴場に行くことになっているようだ。

 後宮の一角にある浴場に近付くと、下働きの女官らしき数人が、雑談をしながら楽しそうな様子で歩いていた。彼女たちは皆、寝巻きを着て髪を下ろしていたので、浴場から出てきた後のようだ。
 廊下(ろうか)で女官たちが彩女たちにすれ違うと、彩女たちに向かって礼儀正しく会釈(えしゃく)をした。


 コノハと彩女よりは、普段通りの時間よりも遅く浴場に着いた。
 二人が服を脱いで浴場に入ると、中は非常に静かだった。コノハと彩女以外は、誰も居ないようだ。

 二人は湯釜から柄杓(ひしゃく)で湯を入れると、少し冷ました後に、湯を髪や体にかけた。数回これを繰り返し、沐浴(もくよく)をした。
 その後、敷いてあった茣蓙(ござ)に座り、湯釜から出る蒸気で体全体を温めたのだった。


()()()()()()()()!! 当て布だけじゃ駄目だ!』

 彩女の横に座っていたコノハは、夕方に聞いた建比古(たけひこ)の言葉を、なぜか急に思い出した。白昼夢のように、鮮明な記憶が頭の中に(よみがえ)ってきた。

(女扱いされたのは初めてだった、からかなぁ――)

 身内のように心配してくれた建比古に対して、コノハは申し訳なさ以上に夢見心地が続いていた。今は不思議な気持ちになっている。
 昔から、彼女は仕事でも休みの日でも、体を動かすことが多かったからか、手足の怪我は日常茶飯事で、傷痕(きずあと)もいくつもある。そのため、重度の怪我でないのなら全く動じないようだ。

 薬畑山(やくはたさん)に居た頃、幼い時には、コノハはよく木に登っては、山鳩(やまばと)や猿などの野生動物の観察をしていた。

 成人した後には、薬草や(こうぞ)を狙う盗賊(とうぞく)の監視だけでなく、戦闘までこなしていた。紅一点で男衆に混ざっていたが、女だという理由で、コノハに対して良い意味で気を(つか)わず、彼女を頼りにしない者は誰も居なかった。

「……そーいえば、白人から夕方のことを聞いたわ。傷の具合はどう?」

「えっ……、あ、そうですね――」

 彩女が話しかけると、ようやくコノハは夢見心地が薄らいできた。ぼんやりと考えていたのも止めることができたようだ。

「血は完全に止まったみたいなので、良かったです。建比古さまから手当用の一式頂けたので、お風呂の後にも使わせてもらいます」

 「そう……」と彩女が優しく(つぶや)くと、コノハの顔を見て言葉を続けた。

「建比古様……、貴女(あなた)が怪我をしたのを知って、相当慌てていたそうね。白人も珍しがっていたわ」

 白人が夕方の出来事を見ていたことを察すると、恥ずかしさで少し顔が熱くなってしまった。
 彩女は穏やかに微笑みながら、ふふっと声を出した。

「コノハ、建比古様に気に入られたみたいね」

「えっ!? ……あ、えーとぉ……??」

「パッと見は分からないだろうけど、人見知りで口数が少ない方だから。白人は従者になる前から、長年、建比古様と親しいから、私もよく知っているのよ」

「ええっ?? そうなんですか……?」

 建比古に気にかけられ、何度も話しかけられたことを思い返すと、コノハは彩女の言うことが信じられなかった。

大王(おおきみ)様からは厳格な方だと聞いているだろうけど、それはあの方の一面だけよ。……私たちが、なかなか子どもを授かることができないと悩んでいた時期は、親身になって何度も話を聞いてくれたしね」

「そうだったんですね……。私も最初、建比古さまは怖そうな印象を持っていたんですが……、じっくりとお話ししたら、心優しい方なんだと分かりましたっ!」

 あと、眼帯が理由かもしれないが、貫禄があり過ぎる顔をしているので、コノハは謁見(えっけん)の間で初対面の時に、建比古が三十代だと思っていたらしい。大変失礼なので、流石に彩女にも言えない。

「建比古さまに、気兼ねなく色々とお話ししてあげてね。気に入られているのもあるけど、皇宮で気心の知れた人は少ないから」

「……分かりました。気に入られたっていうのはピンときていませんが、できる限り仲良くさせて頂こうと思います」



 風呂から自室に戻った後、コノハはすぐに布団の中に入った。

(今日は、いろいろあったなぁ……)

 夜の空気が冷たいせいか、コノハは布団の中に顔まで潜り込ませたようだ。慣れないことが続いて、少しは精神的な疲れを感じていたが、彼女は早く寝付くことはできなかった。
 気分が悪くなることでは無いが、今日の建比古との会話のことだけでなく、風呂での彩女の言葉も不思議と気になったからである。

(武人同士やから、建比古さまとは通じるとこがあるのかなぁ?? 話しかけにくい雰囲気を出していらっしゃるけど、実際には話しやすかったし。
 彩女さんが言っていたように、また機会があれば、建比古さまとゆっくり話してみたいかも、な……)

 そうして少しだけ考え事をしていると、自分が気付かないうちに、やっとコノハは眠り始めたのであった。
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