深緑の花婿

探しものは?

 外がほんの少し(かげ)ってきた頃に、コノハたちの業務が終わった。そして、白人(しろと)よりも先に、コノハは自室に戻ることになったのだった。


 監視業務の後、廊下(ろうか)を歩いていたコノハは、徐々に緊張感から開放されていった。彼女の張っていた両肩や背中も、ゆっくり自然と力が抜けていくようだった。

 彼女は薬畑山(やくはたさん)の中腹にある村に住んでいた頃にも、薬草摘みの副業として、皇宮(こうぐう)にも献上(けんじょう)する貴重な薬草や(こうぞ)を守るための監視の仕事をしていたが、皇宮とは職場の雰囲気が全く違っていた。
 薬畑山周辺の山道は人通りが随分(ずいぶん)と少ないが、皇宮はあちらこちらで人を見かける。しかも、女官たちの詰所や皇宮等、部署によっては人が集まっている職場もあるため、いつでも(にぎ)やかな音や人の声が聞こえてきたりする。

 コノハは自室に向かう途中で、皇宮内を巡回警備している近衛兵たちとすれ違った。その度に、彼女は再び体全体が力み、きっちりと会釈(えしゃく)を繰り返したのだった。



 皇宮の中央寄り、西側区画の端まで来た時、コノハは中庭に篤比古(あつひこ)と白人が居るのに気が付いた。
 篤比古と白人は左右だけではなく上下にも視線を向けて、必死で動き回っているようだ。二人とも懸命に、何かを探しているように見えた。


 篤比古たちの様子が気になったコノハは、早歩きで、近くに居た篤比古の方に近寄った。

「……篤比古さま、どうされたのですか?」

「うん、『シマ』がなかなか見つからなくて――」

 篤比古の返答を聞いて、コノハは彼が何を言ったのか全く分からなかったためか、キョトンとしていた。

「えっ……? あ、『シマ』とは……?」

「そうか、コノハさんには話していなかったねっ! ……シマは、大王家(おおきみけ)で飼っている猫なんだ」

 コノハが「そうなんですね」と言った時、呼吸が荒くなっていた白人が、コノハたちの方にやって来たようだ。

「シマは、どんな色……模様の、猫ですか?」

「ああ……。カギしっぽの、キジトラの雄猫(おすねこ)だよ」

「ありがとうございます、白人さんっ。わたしも探してみますね!」

 コノハは小走りしながら、中庭の木々を一本一本じっと見つめ始めた。そして、建物の屋根沿いにあった、太くて長い松の木の(そば)に急いで駆け寄ったようだ。

 すると、彼女は慣れているかのように、一気に松の木に登り始めた。
 あっという間に、屋根の真横まで木を登りきると、ヒョイッと屋根の上に飛び乗った。

「……!! 気を付けてっ!」

「はーいっ」

 白人の声かけに冷静に応じ、全く怖気付くこともなく、コノハは屋根の上をすたすたと歩いていく。西側を見回した後、中央区画の建物の方も確認してから、東側へ素早く向かった。

 屋根の上を移動するコノハを見上げながら、篤比古も白人も彼女の姿を追っていく。


 中央寄り、東区画の裏庭まで来た時、コノハは屋根瓦(やねがわら)の上に、丸まっている猫を見つけた。
 焦げ茶色の毛に、黒っぽい(しま)模様の猫のようだ。腰の辺りに重なっていたのは、カギしっぽだった。

「篤比古さま、白人さんっ! シマらしき猫が居ましたよ~……」

 息を切らしそうになると、コノハは歩く速度を徐々に(ゆる)めていく。彼女はゆっくりと歩いて、シマに近づいていった。

「……シマ。篤比古さまたちが探してたよっ」

 コノハがシマに声をかけると、シマは眠そうにショボショボさせていた目を開けて、背伸びをした後に欠伸(あくび)をした。
 屋根に居たシマは、篤比古たちの方を見て「ニャオーンッ」と鳴いた。その後、恐る恐る木に乗ると、慎重に地面に下りていったようだ。

「……良かったですね、篤比古さま」

「うん。……ありがとう、コノハさんっ! 今日の夕飯前に、僕がシマのゴハンをあげる当番だったから」

 コノハが「いえいえ~」と笑顔で答えると、再び木に移り、一気に地面を目指そうとした。
 ……と、地面まであと少しという距離のところで、コノハは木の表面に足を強く(こす)り付けてしまった。服の(すそ)が派手にめくれて、()り傷ができてしまった。

(山暮らしから離れていたからか、鈍っていたから、かなぁ……)

 地面に降りた後、コノハは深く()め息をしながら、片手で裾を上げて傷口を確認した。

「コノハさんっ、大丈夫?」

「あっ……はい、何とか。傷自体は大きくないし、血も少しだけしか出ていないみたい、ですね……」

 篤比古と一緒に、コノハの方に駆け寄った後、白人もコノハに思わず声をかける。

「もし良かったら、一番近い救護室に案内しようか?」

「すぐに止血すると思うので、大丈夫そーかな……? あそこの井戸で、傷口を洗わせてもらいますね! ありがとうございますっ」

 そうして篤比古たちと離れた後、コノハは急いで中庭の井戸に向かったのだった。
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