恋うたかるた
「合格したわよ」
瑞穂の明るい声を聞いた志織はその場にしゃがみこみそうになった。
「おめでとう… ありがとう…」
思わず〝ありがとう〟の言葉が出て、涙がこぼれた。
「これから学校へ行くね」
「気をつけて行ってらっしゃい」
志織はそれだけ辛うじて返事ができた。
(長い1年だったわ…)
志織は気持ちを落ち着かせると井川と沢田にLINEを送った。
それから、おそらく瑞穂が直接連絡するであろう別れた夫にも、念のために一報を入れた。
親としての礼儀だと思ったのだ。
午後早めに帰宅した瑞穂は大役を果たしたような晴れやかな表情を見せていた。
母娘の間のひとしきりのねぎらいと笑顔に包まれた会話の後、志織は娘に訊いた。
「お父さんに報告はしたの?」
瑞穂は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに「うん、しておいた」と応えた。
「喜んでたでしょ?」
「うん、でもどうして?」
「あなたが時々お父さんに会いに行ってるの知ってたから…」
瑞穂が「そうか…」といった顔で、志織の笑顔を見る。
「そうじゃないかと思ってたんだ」
娘の顔はいつもの明るい表情にすぐ戻った。
「あのね…」
瑞穂がまじめな顔で口を開いた。
「お父さん、今もひとりなんだって…」
「え? どういうこと?」
志織はすぐに意味がわからなかった。
「だから、その人と結婚できなかったみたいよ」
それは志織は初めて知ったことだった。
ごくたまにとはいえ、LINEで連絡を取っていたし住所も知っていたが、今までそんなことは全く話題になったことはなかったのである。
「そう…」
志織は返すことばがすぐに見つからなかった。
「あたしも最近まで知らなかったんだけど…」
離婚して5年の間、母娘とも知らず、瑞穂は入試が終わってから教えられたと言った。
「何かあったんでしょうね…」
志織にはそれだけしか言えなかった。
その夜、静かな気持ちでベッドに入った志織は、久しぶりに和歌を添えたLINEを沢田に送った。
『歎きつつ ひとりぬる夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る -右大将道綱母-』
ひとりで寝る夜の寂しさを改めて感じ、沢田の優しげな顔と眼を思い浮かべると躰が熱くなるのを防ぐことができなかった。