美しかったあの日の私たちへ

第1話 : 春、あの日の景色がよみがえる

高校3年生の春。窓の外に目を向ければ、桜の花びらが風に舞っていた。
制服のスカートをなびかせながら、私は教室の席に着く。
卒業まであと一年――それなのに、なぜか心の奥がざわついていた。

「ねえ、紗南。春彩と美波が呼んでるよ」
友達の声に我に返る。私は春彩、美波と小学校からの親友だ。
あの頃は、今よりずっと無邪気で、でも、ずっと悩んでた。

小学校6年生になった春、私はある人のことがずっと好きだった。
その人は、優しくて、誰にでも平等で、笑うとちょっと目尻が下がる。
でも、名前を呼ぶのも照れくさくて、私の気持ちはずっと、心の中だけの秘密だった。

春彩と美波は、私にとって心強い存在だった。
どんなときも味方でいてくれて、教室の隅でコソコソ話すのも、秘密を共有するのも楽しかった。

5月の上旬、課外学習の班分けの時だった。
私は勇気を出して、初恋の人に言った。「ねえ、一緒の班にならない?」
だけど返ってきたのは、淡々とした一言だった。
「ごめん、もう班決まってるから無理」
……そっか、やっぱりだめだよね。
それ以上、なにも言えなかった。

戸惑っている私に、担任の先生が声をかけた。
「おい、こいつらしかもう残ってないぞ」
目線の先には、二人の男子。ひとりは無口な一翔くん、そしてもうひとりは……

――律だった。

「ええ……」とためらう私に、
「早く決めろよ」と先生の声。
私はしぶしぶ歩き出し、律と目が合った。

そのときの律の目は、少しだけ、意外そうで、でもなんだか楽しげだった。

正直、律のことはあまり好きじゃなかった。
小学生の頃からずっと、ちょっかいをかけてきて、私のことをからかってばかりだったから。
なんでよりによってこの人なの、と思ったけど、選択肢はなかった。

班活動が始まってからも、律は相変わらずだった。
「お前、遅いんだよ」「ドジ」「バーカ」
そんなことを言われるたびに、「は?うるさいし」と言い返した。
でも、どこか律といると、時間がすぐに過ぎていくような、不思議な感覚もあった。

そんなある日、休み時間に男子数人と登り棒の競争をすることになった。
「よーい、スタート!」という掛け声とともに、私は登り始めた。
勝つ気満々だった。でも――

手が滑って、私は落ちた。

「……いったぁ……」

足首が痛くて動けない。
先生に運ばれ、病院へ行くと捻挫だった。
それからしばらく、私は松葉杖で過ごすことになった。

思いがけず目立ってしまって、教室に入るたびに視線が集まる。
恥ずかしいし、不便だし、ちょっと泣きそうだった。

そのとき、律が何気なく「お前、バカだろ。張り切りすぎなんだよ」と言ってきた。
「は?うるさいし。あんたのせいじゃないし」と返す私。

「俺のせいじゃねーし。てか…まぁ、ちゃんと治せよ」

その時の律の顔は、どこか気まずそうで、でも心配そうだった。

春の空気は、どこか新しくて、まぶしくて、でも少しだけ、苦くて。
私はこのとき、律のことを――まだなんとも思ってなかった。

ただ、春彩と美波との放課後や、くだらない話で笑う日々。
律にからかわれて、反射的に言い返すその時間が、いつの間にか私の毎日になっていた。

そのときの私はまだ気づいていなかった。
この関係が、いずれ大切な記憶になることを――。
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