【シナリオ】色に触れる、青に歩く
◇第11話『前へと、進むということ』
(春海)
「夢を追うって、きっと素敵なことだ」
そんなふうに、昔の私は思っていた。
でも実際は——
誰かに認められるたび、
誰かと並んで夢を語るたびに、
胸の奥がぎゅっと痛くなる。
本当に進んでいいのかな?
自分なんかが前に出て、大丈夫なのかな?
それでも……
私は今、前に進もうとしている。
真白さんと出会ったから。
自分の色を、信じてみたいと思えたから——。
◇春海の工房・朝
⚪︎藍甕のそばで湯気が立ちのぼる。
春海はいつものように、静かに布を絞っていた。
少し青が強く出すぎた。
けれど、これはこれで美しい。そう思えたのは、つい最近のこと。
そのとき、工房の戸を開けて、母が小さな封筒を持って入ってくる。
母:
「春海、これ見て」
⚪︎差し出されたのは、伝統工芸フェスの出展決定通知。
手書きの推薦コメントが添えられている。
『技術の奥に宿る静かな情熱。
手が語る布には、心の震えがある——』
春海(驚いたように):
「……え……? 私が、選ばれたの?」
⚪︎手が震える。
正直、どこかで「私なんかが」と思っていた。
自信のなさが、染料と一緒に指にしみついていた。
母:
「嬉しくないの?」
春海:
「ううん……嬉しい。……でも、すごく怖い」
⚪︎母は黙って春海の背に手を添え、そっと支える。
◇大学・文芸ゼミの教室
⚪︎真白は、教室の隅でノートPCを閉じるところだった。
ゼミの教授がやってきて、やや興奮した口調で言う。
教授:
「真白、聞いたか? 君の短編、○○文芸新人賞の一次通過だ。
応募者600人以上の中から、30人だぞ」
⚪︎周囲のゼミ生たちが「すごいじゃん!」「さすが御曹司〜」と口々に褒める。
けれど真白は、それにどこか戸惑ったように、やや曖昧な笑顔を浮かべるだけだった。
教授:
「次は面談だな。受賞となれば、すぐに担当が付く。
君が“本当に書く道”を選ぶなら……いよいよ勝負の年だ」
⚪︎「勝負の年」——その言葉が、真白の胸にじんわり重くのしかかる。
夢に近づくほど、自分の中に残る「家業の重み」や「父の影」が濃くなる。
◇静かなカフェ・ふたりの再会
⚪︎春海と真白、週末に小さなカフェで落ち合う。
⚪︎春海は落ち着かない様子で、テーブルの端に両手を置く。
春海:
「……あのね。私、伝統工芸フェスに出展が決まったの」
⚪︎真白は一瞬きょとんとした後、すぐに微笑む。
真白:
「……すごいよ、春海さん。それ、本当にすごい」
春海(小さく微笑むが、ややうつむいて):
「うれしいけど、すごく不安で……
こんなに大きな舞台、私にはまだ早いんじゃないかって、
ずっと考えてた」
⚪︎真白は少し黙ってから、静かに語る。
真白:
「俺も、一次通過したって聞いて、正直震えた。
夢が現実になるって、嬉しい反面、
……逃げ場がなくなるんだよね」
⚪︎その言葉に、春海はふっと目を上げる。
◇感情の交差:心の奥の弱さを見せ合うシーン
春海(ぽつりと):
「もし……真白さんと私が、進んでいくうちに、
違う場所に行っちゃったらどうしようって……ちょっと思ってしまった」
⚪︎真白は驚いたように春海を見つめる。
春海は、視線をそらさず続ける。
春海:
「大切な人が遠くに行くのは、嬉しいけど……
そのぶん、怖くなる。置いていかれるのかなって……
なんか、子どもみたいだね、私」
⚪︎真白は、春海の手にそっと手を重ねる。
真白:
「春海さんが言ってくれてうれしい。
……俺も、怖いよ。
けど、夢を選ぶって、
“誰かの背中を押す勇気”でもあるんだって、思うようになった」
春海(涙を堪えながら微笑む):
「……じゃあ、怖いままでいようか。
そのかわり、ちゃんと見ていてね。
私、もう逃げたくないから」
◇工房での決意・真白の執筆
⚪︎春海が、一枚の大判布を箱詰めしながら、小さくつぶやく。
春海:
「この布で、少しでも誰かと繋がれたら……それが今の私の夢」
⚪︎一方、真白も夜の部屋で静かにペンを走らせている。
春海から贈られた、手染めのペンケースが傍にある。
“選ぶこと”は、捨てることじゃない。
自分にしかない色を信じること——。
そしてその色が、
誰かの胸に残ることを願って——