感情なんて無駄だと信じてた僕に、君はその存在を証明した
第1話
教室の正面。朝の陽射しが黒板に斜めに差し込み、そこには数字と文字が入り交じっていた。時々、見慣れない記号までが混ざっている。
そんな黒板に夢中で書き込む教師は、こっちの様子なんてまるで気づいていない。
ただひたすらに、文字も数字も記号も増えていく――まさに、これが「数学の授業」ってやつだ。
「数学の本質とは何か?答えは試験でも解答でもない。それは証明だ。では証明とは何か?厳密な論理の推移を経て結論に至り、求める内容の真理と意味を見出すこと――それが証明である」
林葶驀(リン・ティンモー)は、ぽつりとつぶやいた。
チャイムが鳴るや否や、先生はすぐに出席を取り始めようとしたが――
教室の入り口近く、椅子に座っていた一人の生徒が、そっと手を挙げた。
教師はそれにすぐ気づいて、声をかける。
「林くん、何か質問か?」
「先生、どうすれば√2が無理数であることを証明できますか?」
普通の高校生なら「そんなの当たり前だよ」と言うところだろう。だが、葶驀にとっては、それはまだ解かれていない謎だった。
教師は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐさま黒板に向かって、大量の計算式と解説を書き出す。
内容はこうだ――√2を有理数だと仮定する。有理数ってのは、分数で表せて、しかも分子と分母に共通の約数がないもの。
だけど、その仮定のもとで両辺を分母で掛けて平方してみると、分子と分母の両方が2で割り切れちゃう。――はい、矛盾。
だから、√2は無理数である。これはいわゆる「背理法」ってやつで、葶驀が一番好んでいる証明法でもある。
葶驀は、心の中でひとつの仮定を浮かべていた。
現実世界に一卵性双生児がふたりいると仮定してみる。
見た目は同じ、同じ経験をするかもしれない。
でも、物質には質量があって、空間を占有する。
つまり、同じ時間、同じ場所に完全に重なることなんて、絶対に不可能だ。
だからこそ――この世界にいる人間は、誰もが唯一無二の存在。
そう考えながら思索に沈んでいると、いつの間にか下校のチャイムが鳴っていた。
「ねえ、ちゃんと聞いてたの?」
その声で我に返る。
目の前には、小柄な少女が立っていた。どこかの低学年が間違えて入ってきたんじゃないかと思うような見た目。
高校に進学してから、葶驀の周りにはほとんど知らない人ばかりだった。
かつて同じ学校に通っていた顔も、ほんのわずかしかいない。
ただ一人だけ――中学で三年間同じクラスだったあの子だけは、幸運にも同じクラスになった。
陳渃嫣(チン・ルオイェン)。
「どうしたの?何かあった?今朝も遅刻したでしょ?」渃嫣の問いかけにも、葶驀はいつもの無表情のまま答える。
「ただちょっと寝坊しただけ。でも、これ(この問題)の解答、合ってるかな?答えの数値がどうもおかしく見えて……」
渃嫣は、習題帳を差し出す。
「計算の論理も式も正しい。みんなもやってみたが問題はない。排除法に基づけば、あり得ないものをすべて除外した残りの結果は、たとえ現実的でなくても絶対に正しい。つまり陳さんの答えは合っている」
葶驀は、いつも通りの淡々とした口調で言い切った。
その説明の冗長さに、渃嫣は最後の一文だけをなんとか聞き取り、ため息をつく。
「あなたって、感情なく機械みたいに長々と説明するのやめられないの?証明だのなんだの、面倒くさい!聞いてるこっちが眠くなるわ」
渃嫣がぷりっと文句を言うと、
「俺にとって感情は不要だ。感情は真理の証明を妨げるだけのものだから。いい例が、先ほど自分の答えに疑いを抱いた陳さんだ」
そう言い残し、葶驀は立ち上がって教室を出ていく。
渃嫣はその背中に向かって、呟いた。
「中二病……」
葶驀は知っている。自分には、社交も感情も必要ないってことを。
それが他人には奇異に見えたとしても、すべての人間が唯一無二なら、自分もまた――奇異ではない。ひとのうわさなんて気にしなくていい。
そんな黒板に夢中で書き込む教師は、こっちの様子なんてまるで気づいていない。
ただひたすらに、文字も数字も記号も増えていく――まさに、これが「数学の授業」ってやつだ。
「数学の本質とは何か?答えは試験でも解答でもない。それは証明だ。では証明とは何か?厳密な論理の推移を経て結論に至り、求める内容の真理と意味を見出すこと――それが証明である」
林葶驀(リン・ティンモー)は、ぽつりとつぶやいた。
チャイムが鳴るや否や、先生はすぐに出席を取り始めようとしたが――
教室の入り口近く、椅子に座っていた一人の生徒が、そっと手を挙げた。
教師はそれにすぐ気づいて、声をかける。
「林くん、何か質問か?」
「先生、どうすれば√2が無理数であることを証明できますか?」
普通の高校生なら「そんなの当たり前だよ」と言うところだろう。だが、葶驀にとっては、それはまだ解かれていない謎だった。
教師は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐさま黒板に向かって、大量の計算式と解説を書き出す。
内容はこうだ――√2を有理数だと仮定する。有理数ってのは、分数で表せて、しかも分子と分母に共通の約数がないもの。
だけど、その仮定のもとで両辺を分母で掛けて平方してみると、分子と分母の両方が2で割り切れちゃう。――はい、矛盾。
だから、√2は無理数である。これはいわゆる「背理法」ってやつで、葶驀が一番好んでいる証明法でもある。
葶驀は、心の中でひとつの仮定を浮かべていた。
現実世界に一卵性双生児がふたりいると仮定してみる。
見た目は同じ、同じ経験をするかもしれない。
でも、物質には質量があって、空間を占有する。
つまり、同じ時間、同じ場所に完全に重なることなんて、絶対に不可能だ。
だからこそ――この世界にいる人間は、誰もが唯一無二の存在。
そう考えながら思索に沈んでいると、いつの間にか下校のチャイムが鳴っていた。
「ねえ、ちゃんと聞いてたの?」
その声で我に返る。
目の前には、小柄な少女が立っていた。どこかの低学年が間違えて入ってきたんじゃないかと思うような見た目。
高校に進学してから、葶驀の周りにはほとんど知らない人ばかりだった。
かつて同じ学校に通っていた顔も、ほんのわずかしかいない。
ただ一人だけ――中学で三年間同じクラスだったあの子だけは、幸運にも同じクラスになった。
陳渃嫣(チン・ルオイェン)。
「どうしたの?何かあった?今朝も遅刻したでしょ?」渃嫣の問いかけにも、葶驀はいつもの無表情のまま答える。
「ただちょっと寝坊しただけ。でも、これ(この問題)の解答、合ってるかな?答えの数値がどうもおかしく見えて……」
渃嫣は、習題帳を差し出す。
「計算の論理も式も正しい。みんなもやってみたが問題はない。排除法に基づけば、あり得ないものをすべて除外した残りの結果は、たとえ現実的でなくても絶対に正しい。つまり陳さんの答えは合っている」
葶驀は、いつも通りの淡々とした口調で言い切った。
その説明の冗長さに、渃嫣は最後の一文だけをなんとか聞き取り、ため息をつく。
「あなたって、感情なく機械みたいに長々と説明するのやめられないの?証明だのなんだの、面倒くさい!聞いてるこっちが眠くなるわ」
渃嫣がぷりっと文句を言うと、
「俺にとって感情は不要だ。感情は真理の証明を妨げるだけのものだから。いい例が、先ほど自分の答えに疑いを抱いた陳さんだ」
そう言い残し、葶驀は立ち上がって教室を出ていく。
渃嫣はその背中に向かって、呟いた。
「中二病……」
葶驀は知っている。自分には、社交も感情も必要ないってことを。
それが他人には奇異に見えたとしても、すべての人間が唯一無二なら、自分もまた――奇異ではない。ひとのうわさなんて気にしなくていい。
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