蒼銀の花嫁 〜捨てられ姫は神獣の番〜
その時、扉の向こうから誰かが静かにノックした。
「セレナ、起きているか?」
アグレイスの声だった。
セレナは小さく息を整え、強く頷いた。
「ええ、今行くわ」
彼に話さなければならない。
自分が見た夢、そして自分の中に眠る血のことを。
“信じてほしい”――そう心から思った。
彼となら、共に乗り越えられる。
たとえ、世界がどんな過去を隠していようとも。
アグレイスが静かに扉を開け、部屋の中へ足を踏み入れた。
朝の光が窓から差し込み、セレナの横顔をやわらかく照らしていた。けれどその面差しには、いつもの穏やかさだけではない、何かしらの決意が刻まれているように見えた。
「……眠れなかったのか?」
彼が問いかけると、セレナはゆっくりと頷いた。
「ええ……夢を見たの」
アグレイスは無言のまま、彼女の隣に腰を下ろした。
その距離は近くて、けれど心の奥底までは届かないような、不安定な静けさが流れる。
「夢の中で、私は知らない少女に出会った。
彼女は“始まりの記憶”だと名乗ったわ。
それが……きっと、私の血に関わる何か」
アグレイスは目を細め、言葉を待った。
セレナは指を強く絡めて、自分の声が震えないように努めながら話し続けた。
「私の一族には、“銀月の巫女”の血が流れているかもしれないの。
かつて王家に敵対した、異端の系譜……。
でも、それを知った今も、私はあなたの番でありたいと思ってる」
しばしの沈黙が降りた。
アグレイスの瞳は揺れていた。
それが怒りなのか、驚きなのか、判断がつかない。
だが、彼の次の言葉は静かだった。
「その血が、たとえどんな過去を背負っていても……
今、君がどんな想いでここにいて、何を選ぼうとしているのか。
俺はそれを尊重する」
セレナは息をのんだ。
「……いいの? 王家の血筋の者として、そんな風に言っても……」
「王家の名を守るより、俺は君と生きる未来のほうがずっと大切だ。
君が“敵の血”を引いているかもしれない。それでも、君は君だ」
その言葉に、セレナの目元が熱くなる。
「アグレイス……ありがとう……。本当に、あなたがいてくれてよかった」
彼はそっとセレナの手を取り、額をそっと合わせた。