神様はもういない
 聞き間違いではない。
 この、場違いなほど明るくて調子の良さそうな声。
 私の頭をぽんぽんと撫でる仕草。
 大きくてゴツゴツとしているけれど、温かい手のひらの感触。
 ぜんぶぜんぶ、覚えている。
 いなくなってからもずっと心が全力で求めていた。彼のことを忘れようと必死に働いて、好きな仕事に転職をして。新しい恋人つくって、新たな人生への一歩を踏み出したんだと思っていた……けど。
 本当はこれっぽちも忘れられてなんかいなかった。
「……(みなと)?」
 見上げた顔は、私が大好きだった婚約者の——羽島(はしま)湊に間違いなかった。くっきりとした二重の瞳に前髪がかかっている。新卒で採用された会社で初めて彼と出会ったとき、背中に電撃が走ったかのような衝撃を覚えた。
 格好良いひと……。
 彼は同期で、同期の中でもいちばん明るくて、容姿端麗で、みんなの中心だった。
 初めの仕事で右も左も分からずに日々消耗していく私たちを、「みんな、今日は飲んで明日からまた頑張ろうぜ!」と励ましてくれた。そんな湊の馬鹿みたいに明るい声を聞くと、自然と明日も頑張ろうという気になれるのだ。
 みんなが憧れる湊。
湊と自分が付き合うことになるなんて、出会った当初は考えもしなかった。私にはきっともったないないひと。そもそも、学生時代から付き合っている彼女がいるのだろうとばかり思っていた。だから、ひっそりと想いを胸に秘めて、同期の仲間として関わっていこうと思っていたんだけれど。
湊から何度か遊びに誘われて、気づいたら告白されていた。
入社して半年後の出来事だ。
湊が私を好きになってくれたなんて信じられなくて、告白された直後も「本当に?」と気持ちを疑ってしまったほどだ。でも、頬を赤めた湊はいつもの明るい彼とは違っていて、私のことを本気で想ってくれているのだと分かった。そうと分かると、途端に嬉しくて、幸せな気持ちが込み上げた。
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