契約外の初夜で、女嫌い弁護士は独占愛を解き放つ~ママになっても愛し尽くされています~
「嫌なら殴ってくれ」
「え……?」


 言うが早いか、体が宙に浮く。


「きゃっ……!」


 一瞬バランスを崩したような体勢になり、反射的に櫻庭さんの体にしがみついてしまった。
 戸惑いと困惑を消化する時間もないままに、寝室に連れていかれる。
 シーツを張り替えたばかりの大きなベッドに下ろされて再び視線が絡んだ時、うるさかった鼓動がいっそう大きく跳ね上がった。


「櫻庭さ——っ」


 開いた唇は、またしても彼の唇に塞がれてしまう。


(どうしよう……。付き合ってるわけじゃないのに……)


 グルグルと回る思考は、ちっとも働かなくて役に立たない。
 その間に繰り返し食まれていた唇からどんどん心地よさが広がっていって、次第に頭がぼんやりしてきた。


 私たちを包む雨音。
 うるさいくらいに早鐘を打っている心臓。
 そして、小さなリップ音。
 すべての音が鮮明に聞こえているのに、思考は静かに閉じていく。


 櫻庭さんのキスは、冷たそうな雰囲気の彼らしくなく優しくて。やんわりと唇を挟まれているうちに、甘やかされているような感覚に陥っていった。


 熱いのは、どちらの体温なのかわからない。
 雨に濡れた体と服に、肌寒さを感じる十一月の室温。
 それらを忘れるほどの熱を感じながら、思わず瞼を閉じてしまう。
 そのまま私のカーディガンを脱がせた骨ばった手を、私は拒むこともなく受け入れていた——。

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