めぐり逢い 憧れてのち 恋となる【書籍化】
「青山? おい、寝るなよ」
「んー……」

花穂は目を閉じたまま、気だるげに返事をする。

これはマズイなと、大地はマスターに目配せしてカードで支払いを済ませた。

「青山、ほら。立てるか?」

身体を支えて立ち上がらせると、花穂は目を閉じたままフラフラと歩き出す。

「マスター、ごちそうさまでした」
「ご来店ありがとうございました。今、下にタクシーを呼びましたので、よろしければ」

にこやかにサラリとつけ加えるマスターに脱帽し、ありがたく利用させてもらった。

運転手に、花穂のマンションの場所を思い出しながら説明する。

走り出した車内で、花穂はスーッと気持ち良さそうに大地の肩にもたれて眠っていた。

(やれやれ。なんだか色々あったな、今夜は)

織江が退職したあと、花穂の様子には気をつけるようにしていたが、ホテル フィオーレのプロジェクトではなかなかいい案を出してくれて、先方にも喜ばれた。

花穂の為にも、プロジェクトは必ず成功させてみせる。

(とにかくひとりで無理させないようにしなければ)

そう思い、毎日花穂がきちんと退社しているか、気にかけていた。

今夜も22時にクリエイティブ部のオフィスを覗くと、花穂のデスクの横にはまだかばんが置いてあり、もしやと思って会議室に行ってみた。

案の定、時間も忘れて花びらを作っている花穂の姿があり、半ば強引に食事に連れ出した。

そこでまさか、あんな話の展開になろうとは……。

大地は、そっと花穂の横顔を覗き込む。

長いまつ毛とほんのり赤い頬、そしてふっくらと艷やかな唇に目を奪われた。

思わず手を伸ばし、サラリと花穂の前髪をよける。

綺麗なフェイスラインと形の良い額に目が離せなくなった。

(あの時の子が、こんなに綺麗に……)

4年前の花穂は目を輝かせて興奮気味に話す姿が印象的だったが、今こうして見ると美しい女性の魅力に溢れている。

(俺とほんの少し交わした会話で、チェレスタに入社しようと思ってくれたのか?空間デザイナーになった今も、ずっと俺との思い出を忘れないでいてくれたのか? 4年もの間、ずっと)

そう思った途端、愛おしさが込み上げてきた。

これからもデザイナーとして生き生きと羽ばたいてほしい。

スランプなんて味わうことなく、楽しんで仕事を続けてほしい。

ずっと笑顔で、たくさんの素晴らしいデザインを生み出してほしい。

そしていつか、女性としての幸せも掴んでほしい。

心からそう願った。

(だがそれには、4年前の俺を忘れてくれなければ。美化した幻想に囚われたままではいけない。誰かいないのか? 彼女が心奪われて、4年前の思い出なんて消し去ってしまうくらいのいい男は)

うーん、と考えを巡らせる。

そもそも花穂の好きなタイプが分からない。

(あ、あれか! 国語の文法の話ができる相手)

主語と述語がどうのこうのという話についていけるなら、彼女との会話も弾むだろう。

(ってことは、文系の男か。文学部出身……、俺の周りにはいないな。いっそのこと、作家とかは? いやいや、それこそ心当たりはない。合コンとか、マッチングサイトで探す? いかん! 純粋なこの子が見ず知らずの相手と会うのは危険すぎる)

もはや自分の立ち位置も分からない。
まるで保護者か教師のような心境だった。

そうこうしているうちに、タクシーは花穂のマンションに着く。

「青山、着いたぞ」
「んー……。あ、はい」

花穂は、ほわんとした表情でかろうじて目を開けた。

「えっと、今お支払いしますね」

そう言ってかばんから財布を取り出そうとする。

「寝ぼけてるのに律儀なやつだな。そんなことはいいから降りろ」
「あ、そうですね。浅倉さん、タクシーの運転手さんに、器の小せえ男だなって思われたくないんでしたよね」
「ちょっ、でっかい声で言うな」

運転手が笑いをこらえているのがミラー越しに分かり、大地は焦る。

「ほら、もういいからさっさと降りろ」
「はい。ではまた会社でお会いした時に……、あっ!」
「びっくりした。今度はなんだ?」
「前回のタクシー代もまだでしたね。まとめてお渡しします。あ、バーの支払いは?」
「いい! もう全部いいから! とにかく降りろ」
「はい、それではまた会社で。今夜はありがとうございました。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

ようやく花穂が降り、タクシーは再び走り出す。

(はあ。なんか俺、振り回されっぱなしだな)

思えば女の子と二人で食事をしたのは、かなり久しぶりだ。

仕事が楽しめなくなった時期から恋愛も上手くいかなくなり、そこからは誰ともつき合っていない。

ビジネスの場では女性に失礼のないよう振る舞うが、プライベートでの女の子との会話の仕方はすっかり忘れてしまった。

(デートとかどうやってたんだろう? もう俺、恋愛できない体質になったな)

急に自分の人生がちっぽけなものに思えて、大地は窓の外に流れる景色を見ながらため息をついた。
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