不幸を呼ぶ男 Case.1
【浅草・雷門】
翌日
イヴァンは朝からテンションマックスだった
イヴァン:『日本のサムライとニンジャの聖地に行きたい!カミナリモンだ!』
そのよく分からない知識を元に
三人は浅草の仲見世通りを歩いていた
イヴァンは「侍」と書かれたTシャツを着て
木刀を背負っている
すれ違う外国人観光客が
彼を本物のロシアのサムライだと思って写真を撮っていた
璃夏は揚げまんじゅうを頬張りながら笑いが止まらない
滝沢はサングラスの奥で
ただただ深いため息をついていた
【東京スカイツリー】
イヴァン:『次は日本の未来の象徴だ!スカイツリー!』
地上450メートルの展望台
イヴァンはガラスにへばりついて
眼下に広がる東京の街並みに歓声を上げていた
イヴァン:『タキ!見てみろ!俺たちのいた施設よりずっと高いぞ!』
滝沢:「当たり前だろ」
璃夏:「ふふっ。滝沢さん、なんだかんだで楽しそうですね」
滝沢:「どこがだ」
【羽田空港・展望デッキ】
嵐のような二日間が過ぎた
イヴァンとの別れの時が来た
イヴァン:「本当に世話になったなタキ、璃夏」
イヴァン:「最高の旅行だった!」
彼は二人を
その大きな腕で一度に抱きしめた
イヴァン:「ウクライナとの戦争が終わったら、また来る」
イヴァン:「そしたら2時間で来れるからな!」
彼はそう言って笑うと
ゲートの中へと消えていった
滝沢と璃夏は展望デッキに出た
柵に上半身を預け
滑走路を眺める
やがて
イヴァンを乗せた飛行機が
轟音と共に空へと舞い上がっていく
二人はそれが見えなくなるまで
ただ黙って見送っていた
璃夏:「イヴァンさん、帰っちゃいましたね」
滝沢:「……嵐のように来て、嵐のように帰って行ったな」
滝沢は、少しだけ笑った
璃夏:「そうですね」
彼女も、笑いながら頷いた
しばらくの沈黙の後
滝沢が、空を見上げたまま、ぽつりと呟いた
滝沢:「あの令和島で、ヴォルコフが言っていた…」
璃夏は静かに彼の言葉を待つ
滝沢:「俺たち被検体に打たれてた薬は、一定の年齢を越えると、自害するか精神崩壊を起こすと」
滝沢:「俺以外の被検体は、全員そうなったらしい」
滝沢:「……俺がそうならなかったのは」
滝沢:「もしかしたら……イヴァンという、嵐のような存在がいたから、かもな…」
その、初めて聞く、彼の弱音
そして、初めて見せる、親友への感謝
璃夏:「……きっと、そうですよ」
彼女は、そう言って
空を見上げる彼の横顔に
そっと、自分の頭を寄せた
二人は
イヴァンが消えた空の彼方を
いつまでも
いつまでも
見つめていた
おわり


