夕日が沈む丘にて

1.

 「今日、皆さんは晴れて本校を卒業されるわけです。 皆さんの中には大学や短大へ進学される方もいらっしゃるし就職される方もいらっしゃると聞いております。
社会に出られたら皆さんは立派な社会人として責任と義務を果たす大人として自分と真摯に向かい合いながら生きていっていただきたいと思うのです。」
 県立柳原高校の卒業式だ。 今年もまたまた校長が型通りの有り難くないお話をされている。
俺は高島裕次郎。 今年この高校から送り出される3年生の一人。
何の気なしにこの高校を受験して入っちまったもんだから流れに任せて3年間通ってきた。 そして今年はおめでたくも卒業させてもらえるってわけさ。
 取り立てて優秀だったわけでもなく誰が見ても飽きるほど馬鹿だったわけでもない。 その辺に居るひ弱な坊ちゃんよりはまあまだましかと思うくらいだ。
数学は大の苦手でね、3年間先生を困らせ続けたよ。 自慢じゃないんだけどさ。
でもそれはクラスみんな揃って同じようなもんだった。
一人だけずば抜けて頭がいいやつが居て、そいつはその先生と恋仲になっちまったらしい。 「ふーん、そうなんだ。」って話だよ。
 俺の隣の席には誰も座っていない。 実はここには本田茂之ってやつが座る予定だった。
そいつはさ、四日前にバイクの事故で死んじまったんだ。 悔しかったよ。
初めてだな、俺が本気で泣いたのも。

 ボーっとしている間に卒業式が終わってしまった。 俺たち、卒業生は卒業証書を抱えて花道を退場するんだ。
もちろん茂之の写真は俺が持ってる。 クラス1の仲良しだったから。
 教室に帰ってきてやつの机の上に写真と証書を並べ置く。 担任の須藤太一先生もこの時ばかりは真面目腐った顔で俺たちを見ている。
 「今日はお前たちの卒業の日だ。 それぞれ胸に秘めていることもたくさん有るだろう。 これから社会に出ていく人たちはそれなりに緊張もしてるだろう。 自分を見失わないことだ。 いいか。」
それから先生は本田の机に向かった。 「お前もみんなと一緒に卒業したかったな? この世じゃ叶わなかったけどみんなを応援してやるんだぞ。」
 俺は須藤先生が泣いているのを初めて見た気がする。 やがてベルが鳴った。
「忘れ物をしないように帰るんだぞ。」 須藤先生はそう言って教室を出ていった。
 クラスメートの連中はそれぞれにお喋りしながら校門を出ていった。 俺は茂之が嵌り込んでいた水泳部の部室を覗いた。
冬季は活動が無いらしく部室はガランとしていた。 壁際にはロッカーが並んでいた。
 ロッカーの中に茂之の名前を見付けた俺はそっと開けてみた。 そこにはもう誰も着ない水着が入れてあった。
「これも見納めなんだな。」 そう思うとやり切れない気持ちになってくる。
 ロッカーを閉めて校門を出る。 そしていつものようにバスに乗る。
高島町行きのバスがいつも通る丘が有る。 壁にぶち当たると茂之と二人でここに来て夕日を見詰めたもんだ。
高校生にしては珍しく黙ったまま夕日が沈むのを見詰めている。 そして何だか吹っ切れたような思いになって家に帰るんだ。
 そんな茂之がその丘で事故って死んじまった。 冗談じゃないよ。
そのニュースを教えてくれたのは三つ上の姉ちゃんだった。 茂之の兄さんから話を聞いたんだってさ。
 病院にすっ飛んで行った時、茂之は何も無かったように眠っていた。 医者は「今夜が峠だ。」って言っていた。
日付が変わった頃、あいつは力尽きたように逝ってしまったんだ。 不思議にも泣けなかった。
御臨終って言葉を受け入れたくはなかった。 そして昨日の昼、葬式で棺桶に入れられた茂之を見た。
笑っているようにしか見えなかった。 でもどっか掴み処が無い空しさにも襲われていた。
 遺骨になって家に帰ってきた時、初めて(茂之は死んだんだな。)って実感したよ。
あまりにも呆気なかった。 昨日までは互いに突っ込み合い、貶し合い、そして一緒に悩んできた茂之がこの世から居なくなっちまった。
俺はこれからどうしたらいいんだ?

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