そのままのきみがすき
 「── 何だよ、それ」

 ところが気まずい沈黙の落ちるミーティングルームに響いたのは、とても静かな、だけど明確な怒りを含んだ声。それはいつも穏やかな彼が見せる、初めての顔だった。

 「あ、いやっ、仕事での私を見て好きになってくれたなら確かにその通りだなって思いますし!もう何とも思ってないですから!」

 慌ててそう取り繕えば、真山さんの眉間にゆっくりと皺が寄る。

 「……椿さんは、怒っていいんだよ」

 「……え?」

 「椿さんはもっと怒っていい。そんな自分勝手で理不尽な言葉に、傷つかなくていいんだ」

 きっぱりと繰り返されたその言葉に、私の眉が情けなく下がった。


 ── ああそうか。私、怒ってよかったのか。


 きっと、飲み込んだままだったから消化できていなかった。だからその言葉がお腹の底で燻って、ずっと私を蝕んでいたんだ。

 不意に溢れそうになるものを、下唇を噛むことで何とか堪える。

 「大丈夫、そのままのきみがいいと思っている人間がここにいるから。だからもう、傷つかなくていい」

 表情を和らげた真山さんの、心まで撫でてくれるような優しい声が降ってきた次の瞬間。

 「── ごめん、今だけ許して」

座ったままの私を、真山さんはふわりと包み込んだ。泣きそうな私の顔を、隠してくれたのだと思う。

 だけどそれはまるで、あの時傷ついた私ごと温かい毛布ですっぽりとくるんでもらったような感覚だった。

 「……ああ、これはもうセクハラで訴えられてもしょうがないな……」

 頭上から困ったようにぼそりと降ってきたその声に、思わず笑いを漏らした私。

 その弾みで堪えていた涙が一粒だけ溢れて、それは真山さんのワイシャツに、あっという間に吸い込まれて消えていった。
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