組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
 お互いに相手だけが唯一家族になりうる存在だと思っていたのに、芽生(めい)にとっての京介は〝唯一〟ではなくなってしまった。それがこの感情の正体だ。
 そう気付いた京介は、(俺も大概クソヤローだな)と嘆息(たんそく)せずにはいられなかった。
 なんのことはない。芽生に誰よりも幸せになって欲しいと願う心の根っこの部分で、自分と同じように孤独な身でいて欲しいとも希《こいねが》っていたってことだ。
(芽生が自分にゃねぇモンを得たことで、こんなにも不安になるなんてな。俺はどんだけ自分勝手な男なんだよ)
 もちろん相良組(さがらぐみ)の面々のことだって、自分の身内のように大切に思っている。だが、構成員(そいつら)をもってしても、芽生ほどの存在にはなっていなかったということだ。
芽生(あいつ)に依存してたのは俺のほうかよ)
 京介は自分の身の上を今ほど忌々(いまいま)しく感じたことはない。

「それでね、おじいちゃん」
 そんなことを一人考えていた京介に、芽生のソワソワとした、だけどどこか(はず)んだ声音が飛び込んできた。それと同時、不意にこちらへ視線を向けられて、「京ちゃん」と呼びかけられる。何事だろうか?
 家族水入らずのところを邪魔する気なんてさらさらなかった京介は、「あ?」と《《努めて不機嫌そうに》》返事をしたのだが、そんなのお構いなし。栄蔵のベッドへ腰かけていた芽生が、そこからぴょんと飛び降りてこちらへ駆け寄ってくるのだ。

「私ね、京ちゃんと……この人と結婚しようと思っているのっ」
 グイッと芽生に腕を引かれてにっこり微笑まれた京介は、思わずフリーズしてしまう。
 芽生の言葉は正に青天(せいてん)霹靂(へきれき)。まさかこのタイミングで《《芽生の方から》》婚姻の件を切り出されるとは思っていなかった京介は、思わず「はぁ!?」と()頓狂(とんきょう)な声を上げてしまった。


***


 孫娘は最初こそしどろもどろではあったけれど、今日一日あったことを中心に――鳴矢(なるや)とのことも含めて――たくさん話してくれた。
 それを聞きながら、改めて芽生(めい)が無事で良かったと痛感させられた栄蔵(えいぞう)である。
 その流れ、ここへ来る前に鳴矢から害された猫を動物病院へ入院させたことまでは理解できたのだが――。
 先ほどまで相良(さがら)京介(きょうすけ)や、彼の幼なじみで芽生の職場の社長だという長谷川(はせがわ)将継(まさつぐ)らとともに、芽生が十八歳(おとな)になるまでを過ごした児童養護施設『陽だまり』へ出向いていたというのは、(何故このタイミングで?)と思わずにはいられない。
(何をしに行ったんだ?)
 そんな疑問符だらけの自分を置いて、芽生(めい)が続ける。
「陽だまりの責任者・比田(ひだ)真理(まり)先生は私にとって母親のような存在なの。そんな彼女がね、実は京ちゃんにとっても、恩師だったって知って、私、すっごくすっごく驚かされたのよ!」
相良(さがら)くんも陽だまり育ちということか」
 芽生の言葉に(うなず)きながらも、(いや、それは分かったが、何故わたしのところへ来る前に陽だまり(そんなところ)へ寄ったんだ?)
 そこのところがどうにも()に落ちない。

「実は今日陽だまりに出向いたのはね、婚姻届の証人欄を埋めてもらうためだったの」
 比田と自分たち二人の縁故を興奮気味にまくし立てて心底嬉しそうに微笑んだ芽生が、栄蔵のそんな疑問へ答えるみたいにそわそわしながらそう切り出した。
「えっ?」
 鳴矢に婚姻届を無理矢理書かされて、ギリギリのところで役所への提出だけは阻止できたのだと芽生から聞かされたばかりだった栄蔵は、またしても出てきた【婚姻届】という文言に、瞳を見開かずにはいられない。
 今の話の流れから、その婚姻届は鳴矢とのものではないと容易に察しはついたけれど、(だったら相手は誰なんだ?)となったのは当然の流れだろう。
 そんな栄蔵の心の声を置き去りに、芽生が「それでね」と照れ臭そうにはにかんだ。
「私ね、京ちゃんと……この人と結婚しようと思っているのっ」
 自分のそばをすんなり離れて相良のそばへ駆け寄るなり、彼の手をグイッと引いて告げられた芽生からの衝撃告白。さすがにその言葉を聞いた瞬間、栄蔵は眩暈(めまい)で倒れるかと思った。

 栄蔵だって、相良京介という男が――稼業はどうあれ――《《芽生にとって》》悪い人間ではないというのは分かっているつもりだ。だが、その男と可愛い孫娘が〝結婚する〟となると話は別だ。
 それに……。
 あろうことか相良が、まるでそんな孫娘の告白に面食らった様子で「はぁ!?」と声を上げたのも気に入らないではないか。
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