あなたの家族になりたい
「……あの、ちょっとだけ」

「無理しなくていいけど……じゃあ、これ」


 テーブルに置きっぱなしになっていた俺の飲みかけを渡す。

 甘ったるいチューハイだから飲みやすいし、缶も半分もないから飲み過ぎることはないだろう。


「はい、かんぱい」

「は、はい……かんぱい……」


 近くにあったビールの缶をぶつけると、澪もおそるおそる、缶を持ち上げる。ゆっくり傾けて、それから不思議そうな顔をした。



「……甘いです」

「うん。飲みやすいかと思って」


 また少し傾ける。


「お腹、ぽかぽかしてきました」

「……早えな」

「えへ……」


 澪はほんのり赤い顔で、俺を見上げている。

 視線がまったく定まらず、ぽやぽやと微笑んでいた。


「……やめとけ。終わりにしろ」

「そうですか……?」

「水持ってくる」


 急いで水を飲ませると、澪はやっぱりぼんやりした顔で俺を見上げた。


「瑞希さん、ありがとうございます」

「お、おう。気持ち悪くない?」

「だいじょぶです。……でも、眠いです。おやすみなさい」

「えっ……、おい、澪、おい……」


 それきり澪は目を閉じ、俺のほうに倒れ込んできた。

 慌てて支えると、寝息が聞こえた。


「……マジかよ」


 キョロキョロと周囲を見渡すと、藤乃が笑いをこらえてこちらを見ていた。

 花音も澪と同じように寝こけている。


「どうしよう……?」

「さっき、部屋に運ぶくらいするって自分で言ってただろ」

「言ったけどさ、勝手に入っていいんかな?」

「知らないよ」

「……なあ、悪いんだけど、俺の部屋からなんか布団取ってきて」


 藤乃は「はいはい」と笑って立ち上がる。

 すぐに掛け布団を抱えて戻ってきた。

 澪に被せて、そっとソファに寝かせる。

 トイレに行って、ついでに客間を見たら親父たちはまだ何か喋りながら飲んでいる。


「お、瑞希。どうした?」

「花音が寝ちまったから、布団取りに来た」



 親父が立ち上がって、押し入れから布団を出してくれたから受け取る。

 リビングに戻ると藤乃がソファに座っていた。太ももに花音の頭が乗っていて、藤乃はそっと撫でている。


「布団、もらってきた」

「ありがと」


 花音を見つめる藤乃は今までになく穏やかな顔をしている。

 いつか、俺もああいう顔で澪を見つめるようになるのだろうか。

 澪が寝ているソファに腰を下ろす。

 寝ぼけたのか、澪の手が伸びてきて、俺のズボンをつかんだ。

 その手のあかぎれが、少し減ったような気がする。

 缶の底に残っていたチューハイを全部飲み干した。
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