聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~
「魔獣との距離が離れすぎているな」
「吊り橋を渡って距離を詰めなければ致命傷は与えられないでしょうね」

 聖剣を引き抜きながらアベルが言い、ケルヴィンが前方を見据えて目を細める。これだけ魔獣と距離が離れていると物理攻撃ができないのだ。投擲武器や魔法攻撃ならば飛距離があるから命中はできる。けれども距離が離れれば離れるほど威力が落ちてダメージに繋がらないのだ。手始めにセシリーナやヒースといった遠距離攻撃隊が魔法攻撃を仕掛けてみた。けれども巨大スライムは、被弾してダメージは受けるもののすぐに新しい個体が合体して傷を癒してしまった。
 ヒースが眉をしかめる。

「まったく、このままじゃ埒が明かないね」
「消耗戦に持ち込まれたら相手のほうが有利ですよね。こちらは体力も魔力を限られていますから」
「一気にけりをつけるしかないかもね」

 セシリーナが言うと、ヒースがアベルに目をやった。アベルが察したふうに頷く。

「そうだな。相手の攻撃を躱しながら吊り橋を渡りきるしかない。直接対決に持ち込むぞ」
「ええ。相手の回復が間に合わないほどの手数で攻撃を畳み込むしかないでしょう」
「俺たち近距離攻撃隊の腕の見せ所だな、ケルヴィン」

 ケルヴィンとアベルが唇の端を持ち上げる。自分の腕が試される場面でも自信満々だ。頼もしい。
 アベルがセシリーナを振り仰いだ。

「なるべく早く吊り橋を渡りたい。セシィ、精霊魔法で補助できるか?」
「補助……。あ、『加速』ですね!」

 以前、王都が魔獣に襲撃されたときに行使した風の精霊魔法だ。対象の身体能力を強化する。自分が役に立てそうな場面にセシリーナは頬を紅潮させる。そうと決まれば、とセシリーナは仕込み杖を構えた。不思議と手に馴染む杖に、自分の持つ魔力が流れ込む感覚がする。

「風の精霊よ、どうか私に力を貸して――『加速』!」

 セシリーナの凛とした声が洞内に響き渡る。途端、緑色に輝く風が場内を吹き抜けた。風の精霊シルフの力だ。淡い緑の燐光をはらんだ風は、薄暗い洞内を一瞬真昼間のように明るく照らす。精霊魔法の発動が終わると、全身が軽くなる。まさに風のように駆けられそうだった。他の参加者たちも驚いたように自分の手足を見つめている。
 アベルが聖剣を突き上げる。

「よし、一気に駆け抜ける! みんな行くぞッ!」

 ――走れ、走れ、走れ……!
 アベルを先頭に、セシリーナたちは一列になって駆け出す。全速力だ。巨大スライムが進軍を阻止せんと酸の液を飛ばしてくる。それが着弾する前にアベルたちが剣で切り払っていった。それでも分散した酸性の液が、足場の木板を溶かす。破片が底の見えない暗闇へと落下していった。アベルたちが次々と吊り橋を渡りきっていく。精霊魔法を全員に掛けてから一番最後に渡り始めたセシリーナだったが、巨大スライムの吐き出した酸の塊が運悪く目の前の木版を溶かしてしまう。勇み足で走っていたセシリーナは、見事に足を踏み外して態勢を崩した。そのまま成すすべもなく真っ逆さまに崖下へと落下してしまう。

「き、きゃあぁあああっ!」

 情けない。こんなところで皆の足を引っ張ってしまうなんて。けれども重力には逆らえない。早い速度で底知れない闇へと落ちていく。さきほどまでいた吊り橋が小さくなっていく。

(誰か助けて……! アベル!)
「セシィ! 待ってろ! 今助ける!」

 強く願ったその時、よく聞きなれた彼の声が耳に飛び込んでくる。その瞬間、強く腕を引かれて、誰かにしっかりと抱き込まれた気がした――……。
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