メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
「お前とは別れる。マズメシしか作れないなんて女じゃねーよ!」
 宣言され、陽音は床にへたれこんだ。
 床に散らばった野菜チップ。ニンジンチップを作るとき、小さい部分はみじん切りにして冷凍した。今度ハンバーグを作るときに使おうと思って。硬いかぼちゃを頑張ってスライスして、レンジアップで油を使わない野菜チップを作った。

 全部、無駄になった。そうして、もう二度と彼のために料理を作ることはない。
 もう作らなくていいんだ。
 別れの悲しみより安堵があふれ、それが胸に痛い。
 もうとうに愛は尽きていたのだ。なのに、みじめにしがみついて。

「今までありがとう。ごめんね」
 涙は出るのに、顔には自然に笑みが浮かんでいた。

「なんで笑ってるんだよ!」
「……ごめん」
 陽音はうつむいた。ぽたぽたと落ちる涙をぬぐい、床に置いていたコートを羽織り、バッグを手に歩き出す。もう別れるのだから、料理たちを片付ける必要なんて感じない。

「待てよ! これどうする気なんだ!」
 言葉をふりきり、陽音は淳太の家を出た。

 もう二度と誰かのための料理なんてしない。

 アパートの階段をかんかんと音を立てておりていく。
 見上げた夜空には細い月が浮かんでいて、ふうっと吐いた白い息がふわりと舞った。
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