こんな王子なんて、お断りです! 早く国に帰ってくださいませ!
第1話

冬の海風がリョジェ諸島の豪族邸に吹き込む。室内の暖炉から漂う薪の匂いと、海の潮の香りが微かに混ざり合い、重厚な書斎は静寂に包まれていた。私は毛布のように重たい長の告知を待ちながら、窓の外の灰色の空をぼんやり眺めていた。

「ルイス、話がある。」

父の声はいつも通り冷たく、無駄な装飾のない言葉だけが胸に突き刺さる。私は布団をぎゅっと抱きしめるように、呼吸を整えた。まるで心の準備ができていないのを知っているかのように、父はゆっくりと口を開く。

「フルール国の第一王子を、婿に迎えることにした。」

世界が一瞬、静止したかのようだった。私の目は父の顔を捉えたが、そこにはいつも通りの冷静さしかなく、表情の裏にある思惑までは読めない。フルール国の第一王子――確か、母国での噂は耳に入っている。女癖が悪く、数々の女性問題を起こしてきたという話。

「……はい?」
思わず声が震えた。嫌悪感と恐怖、そして憤りが胸の中で入り混じる。私の心は拒否を叫んでいた。しかし、父の視線は鋭く、反論の余地はなかった。元長も、かつての長も、家の掟を重んじる者たちも、決して異を唱えないだろう。

「なぜ、私が……」
言葉が喉に詰まり、次に出るのは小さなため息だった。家のために身を捧げる覚悟はある。だが、目の前に迫る現実があまりにも現実離れしていて、心が追いつかない。

父は無言で私の顔を見つめ、やがて手元の書類を私に差し出した。その書面には、婿入りの日程やフルール国からの使者の名が書かれていた。決定事項はもう覆せない。私の心の中の小さな抵抗は、重々しい現実の前でかき消される。



数日後、ついに花咲椿が邸に到着した。扉が開くと同時に、甘い香水と鏡ばかりを気にする彼の気配が押し寄せ、私は思わず眉をひそめた。第一印象からして、彼は典型的なナルシストで、自己中心的な態度を隠そうともしない。

「やあ、ルイス姫。やっと会えたね。」
椿は鏡の前で髪を整えながら、ゆっくりと私に近づく。手を差し出すわけでもなく、微笑みひとつで私の心を掴もうとする。

私は小さく息をつき、心の中で「これが、私の婿……?」とつぶやくしかなかった。噂以上に扱いにくそうな相手。だが、顔に出さず、平静を装う。

「……ようこそ、リョジェ邸へ。」
声は冷たく、しかし礼を欠かさず。椿は目を細め、鏡越しに自分を見つめたまま言った。

「公務は……?」
私の問いに、椿は小首を傾げ、あくびをひとつ。

「俺が公務? そんなの、誰か他の人に任せればいいじゃないか。」

言葉の端々に、自己中心的な態度が滲む。私の胸の奥で、微かな怒りが泡のように膨らんだ。だが、私はすぐに深呼吸をして、冷静さを取り戻す。家族の長が決めたことだ。彼を変え、家に馴染ませるのもまた私の役目。



数日間、私は椿に“彦教育”を施すことを決意した。公務の知識、礼儀作法、武士の心得、さらには女性との接し方まで。護衛は1人だけ、忠実で有能な守り手を置き、椿と私の距離感を調整する。

椿は最初、教育を小馬鹿にして笑うだけだった。武士の礼儀? そんなもの、俺には必要ない。鏡の前で髪型を整える方がずっと大事だ、と。

しかし、私は怯まなかった。どんなにわがままでも、私が目を離さなければ、彼は少しずつ変わる――そう信じていた。

「ルイス姫、俺に何を期待してるんだ?」
椿は問いかけるように言ったが、その声にはわずかに戸惑いが混ざっていた。

「期待じゃない。義務よ。家のため、そしてあなた自身のため。」
私の声は穏やかだが、鋭く、彼の虚勢を揺るがすには十分だった。椿は一瞬、鏡から目を離し、私の顔を見た。その瞬間、何かが通じた気がした――まだ小さく、ほとんど見えない火花のようなもの。



邸の中庭で二人きりになった夜、私は椿の背中を見ながら考える。
家族の命令、島の掟、そして自分自身の感情。すべてが複雑に絡み合い、頭の中で渦を巻く。しかし、心の奥底では一つの確信が芽生えていた。

「この人を、変えてみせる――」

ナルシストでわがまま、ダメ王子と噂される花咲椿。だが、彼はまだ本当の自分を隠しているだけ。私が正しい道に導き、家族も、自分自身も守るため、私は動き出す。

護衛の影が静かに私たちを見守る中、リョジェ邸の冬の夜は、まだ始まったばかりの戦いを静かに包み込んでいた。
 
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