亡国の聖女は氷帝に溺愛される

(────誰?)

 陽光に染まったような髪が、風に靡いている。その美しい髪の持ち主はファルシと似た顔立ちをしており、遥か彼方からやって来る黒い群れに向かって、手を掲げていた。

 白い手袋を嵌めている手から伸びた光が、巨大な円を、そして複雑な文字を描いていく。それが魔法陣の類だと気づいた時にはもう、光は大きく膨れ上がり、その人の姿を包み込んでいった。

 ──いけません!それを使ったら、貴方はっ……。

 どこかで聞いた憶えのある声が、待って、行かないでと泣いている。

 膨大な光に包まれていた人は後ろを振り返ると、この上なく美しい微笑みを飾った。

 ──愛する者と、いとしいこの地を守るためには、仕方のないことだ。

 ──その術を使ったら、貴方は人の心を喪い、永遠に人を喰らい続ける化け物になってしまいます!

 泣いているのは、銀色の髪と菫色の瞳を持つ美しい女性だった。その腕では、銀色の髪の赤子が安らかな顔で眠っていた。

 ──ならば君が、私を殺してくれ。
 ──聖王様ッ……!
 ──大丈夫だ。きっと、護ってみせる。

 青年は女性に背を向け、ゆっくりと歩き出していく。視界が歪むほどまでに女性が涙を散らした時にはもう、大いなる光はひとつの獣となり、魔獣の群れと激突していた。
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