根暗な貴方は私の光
何も言えず、何も答えられず、誰も何も言わない沈黙がしばらく流れた。
そんな時間に耐えかね顔を上げると、縁側から差し込む日差しが女性の濡れた頬を照らしていた。静かに涙を流す女性の目は、我が子を思う母親のそれである。
父を戦争で亡くし、精神的な病で母を亡くしたことで家を飛び出し町中を放浪していた身である紬にとっては、見たくても見られなかったものが目の前にはあった。
鏡子には、離れていても想い続けてくれる家族という存在がいたのだ。
はやり、鏡子は紬の持ち得ないものを持っている。今更取り返せない家族という存在を鏡子は持ち得ていたのだ。
「本当は、心配なの。しっかりしたあの子のことだから大丈夫だとは分かっている。それでも早くに孤独を味わうような経験をさせてしまったから、申し訳なくて……」
一筋の涙が頬を伝い、顎先から零れ落ちる。
似ていた。鏡子の泣いている姿なんて見たことがないはずなのに、何故だかそう思った。鏡子の姿と女性の姿がっぴたりと重なり合う。
その一連の流れを見た瞬間、ほとんど無意識のうちに口を開いていた。
「大丈夫です」
突然声を上げた紬を女性と江波方は狐につままれたような目で見つめた。その反面、紬の瞳は真っ直ぐで迷いがない。
曲がっていた背筋を伸ばし、真っ直ぐ女性を見つめて言う。
「私が言ったって何の足しにもならないでしょうが、これだけは言えます。鏡子は大丈夫です。私が今ここにいる、生きている、それが何よりの証拠です。独りだった私を鏡子が救い出してくれた、だから私は生きていられるんです」
前言通り、紬のこの言葉一つで女性の不安が拭えるなど微塵も思っていない。長年蓄積されてきた不安や恐怖を、言葉一つ、この一瞬で消し去ることなどできるはずなどない。
それでも伝えなければならなかった。長年隠されてきた彼女の過去を知って、このまま何も知らなかった頃のままで接する自信がない。だからこそ、言わなければならないと思った。言わないと後悔すると思った。
言葉にせず終わってしまう寂しさを、あとから言っておけばよかったと後悔することを紬は痛いほど知っていた。
「鏡子が考えていることなんて何にも分かりやしないけれど、きっと鏡子はご両親のことを恨んでなんていないと思います。そして、初めから今まで孤独だと思う時間なんてなかったとも」
鏡子に使いを頼まれ、この屋敷に訪れてから今までずっと不安だった。隣に座る江波方が手を握って安心付けてくれていても、怖くて不安で一刻も早く逃げ出したいと思っていた。
けれど今はそんな不安も恐怖もない。
だって、眼の前にいる女性は鏡子の母親だから。命の恩人の母親だから。自分達のことを信じてくれているから。
いや、それだけではない。大好きで大好きでたまらない柳凪という場所を作り出してくれた人だから。この人がいたから柳凪があり、鏡子に出会うことができたのだ。
「もう一度言わせてください。私は鏡子のお陰で、貴方のお陰で今も生きています。本当にありがとうございます。生きてくれていて、彼女を愛してくれていて、ありがとうございます」
もはや自分でも何を言っているのか分からない。何に対する感謝なのかも、何故、感謝の言葉を繰り返すのかも分からないけれど、それでも言葉次から次へと溢れて止まらない。
涙で滲んだ視界で見る女性の輪郭はぼやけて、途切れ途切れで時折裏返る声で紡ぐ言葉が女性に届いたかなど分からない。
それでも、後悔はなかった。
「俺からも言わせてください。俺は、俺達は、柳凪で過ごす時間が好きです。これから先、永遠に続く時間ではないと知っているからこそ、今あるこの時間が愛おしくて何よりも大切なんです。ですからどうか、少しでも長く旦那様と鏡子さんと過ごした時間を、俺達が生きたという事実を、柳凪は今も多くの人に愛されているということを忘れずに生きてください」
頭を下げていた紬と江波方が顔を上げると、女性は何も言わず、涙を指先で拭いながら一度だけ頷いた。
そんな時間に耐えかね顔を上げると、縁側から差し込む日差しが女性の濡れた頬を照らしていた。静かに涙を流す女性の目は、我が子を思う母親のそれである。
父を戦争で亡くし、精神的な病で母を亡くしたことで家を飛び出し町中を放浪していた身である紬にとっては、見たくても見られなかったものが目の前にはあった。
鏡子には、離れていても想い続けてくれる家族という存在がいたのだ。
はやり、鏡子は紬の持ち得ないものを持っている。今更取り返せない家族という存在を鏡子は持ち得ていたのだ。
「本当は、心配なの。しっかりしたあの子のことだから大丈夫だとは分かっている。それでも早くに孤独を味わうような経験をさせてしまったから、申し訳なくて……」
一筋の涙が頬を伝い、顎先から零れ落ちる。
似ていた。鏡子の泣いている姿なんて見たことがないはずなのに、何故だかそう思った。鏡子の姿と女性の姿がっぴたりと重なり合う。
その一連の流れを見た瞬間、ほとんど無意識のうちに口を開いていた。
「大丈夫です」
突然声を上げた紬を女性と江波方は狐につままれたような目で見つめた。その反面、紬の瞳は真っ直ぐで迷いがない。
曲がっていた背筋を伸ばし、真っ直ぐ女性を見つめて言う。
「私が言ったって何の足しにもならないでしょうが、これだけは言えます。鏡子は大丈夫です。私が今ここにいる、生きている、それが何よりの証拠です。独りだった私を鏡子が救い出してくれた、だから私は生きていられるんです」
前言通り、紬のこの言葉一つで女性の不安が拭えるなど微塵も思っていない。長年蓄積されてきた不安や恐怖を、言葉一つ、この一瞬で消し去ることなどできるはずなどない。
それでも伝えなければならなかった。長年隠されてきた彼女の過去を知って、このまま何も知らなかった頃のままで接する自信がない。だからこそ、言わなければならないと思った。言わないと後悔すると思った。
言葉にせず終わってしまう寂しさを、あとから言っておけばよかったと後悔することを紬は痛いほど知っていた。
「鏡子が考えていることなんて何にも分かりやしないけれど、きっと鏡子はご両親のことを恨んでなんていないと思います。そして、初めから今まで孤独だと思う時間なんてなかったとも」
鏡子に使いを頼まれ、この屋敷に訪れてから今までずっと不安だった。隣に座る江波方が手を握って安心付けてくれていても、怖くて不安で一刻も早く逃げ出したいと思っていた。
けれど今はそんな不安も恐怖もない。
だって、眼の前にいる女性は鏡子の母親だから。命の恩人の母親だから。自分達のことを信じてくれているから。
いや、それだけではない。大好きで大好きでたまらない柳凪という場所を作り出してくれた人だから。この人がいたから柳凪があり、鏡子に出会うことができたのだ。
「もう一度言わせてください。私は鏡子のお陰で、貴方のお陰で今も生きています。本当にありがとうございます。生きてくれていて、彼女を愛してくれていて、ありがとうございます」
もはや自分でも何を言っているのか分からない。何に対する感謝なのかも、何故、感謝の言葉を繰り返すのかも分からないけれど、それでも言葉次から次へと溢れて止まらない。
涙で滲んだ視界で見る女性の輪郭はぼやけて、途切れ途切れで時折裏返る声で紡ぐ言葉が女性に届いたかなど分からない。
それでも、後悔はなかった。
「俺からも言わせてください。俺は、俺達は、柳凪で過ごす時間が好きです。これから先、永遠に続く時間ではないと知っているからこそ、今あるこの時間が愛おしくて何よりも大切なんです。ですからどうか、少しでも長く旦那様と鏡子さんと過ごした時間を、俺達が生きたという事実を、柳凪は今も多くの人に愛されているということを忘れずに生きてください」
頭を下げていた紬と江波方が顔を上げると、女性は何も言わず、涙を指先で拭いながら一度だけ頷いた。