恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない
第二話
「……わたしたちらしくて、好きだなって思ったんです」
生徒会の設立準備はするけれど、生徒会役員には加わらない。
その理由を高嶺が、なんとかして告げようとしたのが伝わって。
「なるほど……よく理解できたよ」
老人は、それ以上は聞くまいという顔をした。
「あ、そういえば!」
一瞬の静寂を破るように、玲香ちゃんがそういうと。
スマホをカバンから取り出して、画面を急いで操作しはじめる。
早くもその意図を察したらしく。
「隠し撮りですよ、レアですよ」
都木先輩が珍しいことを。楽しそうな声で、口にして。
それから、しばらくのあいだ。
カエデの木の下ではしゃぐ、大人三人の姿を。
……老人は、食い入るように見つめていた。
「寺上先生は、こんな風に笑えるのかい?」
「えっ? ご存知なのですか?」
「い、いやまぁいい。それにしても……」
「あぁ。その教え子の教師ふたりも……いい顔してますよね……」
思わず、僕が答えると。
すかさず三藤先輩が、
「あら、随分とお気に入りなのね?」
なんだか含みのあることを、僕にいう。
「それはそうとですね」
波野先輩が、すこぶるご機嫌に。
「放送部って。悲しい出来事があっても。前向きなんですよ!」
そういって、無意識におでこに手をあてると。
「あぁ……その傷も。どうやら、前向きなものになったようだね」
老人が少し、目を細めてから口にして。
「……えっ? そ、そうなんです。すごいっ、そんなこともわかるんですね!」
先輩が、ちょっと感動したような顔をしたところ。
「まぁこれでも……おっと」
老人がなにかを口にしようとして。
慌ててそれを、とめた気がした。
「……ところで、明日は理事長と面談だといったかい?」
切り替えた老人が、誰に向かうとでもなく問いかけると。
「そうなんです!」
すかさず高嶺が。
「明日『ラスボス』倒すぞって。コイツが張り切ってるんですよ!」
また勝手なことを口にする。
「おい……誰も『ラスボス』とはいってないぞ……」
「そうね、海原くん」
おまけに、三藤先輩まで。
「トップを味方につけて、勢いをつけようといっただけよね?」
わ、わざと。
雑な訂正をしないでください……。
「……あの。訂正の訂正に、なりますけれど」
そういいながら、僕は頑張って老人に向けて……。
「……要するに、『賛成』じゃなくても、いいということかい?」
十分に伝えられたのかどうか、自信はないけれど。
決して倒したり、味方につけようとしているわけではないと説明した。
「賛否を決めるチャンスを、在校生に与えて欲しいとお願いするつもりです」
都木先輩が、僕の思いを端的に表現してくれると。
続いてみんなが。
「……先生がたが、どう思うかではなくて」
「かといって、先輩にいわれたからでもなくて」
「自分で決められるんだと、思ってもらえないと……」
「仮に発足しても、継続できないだろうと考えたんですけれど……」
次々に、補足してくれて。
そして最後に春香先輩が。
「あの……どのように思われましたか?」
祈るような顔で、老人に問いかけた。
……結局、老人は。
賛成とも反対とも、答えてはくれなかったけれど。
「君たちに託された理由は、よくよく理解できたよ」
そのニュアンス的に、一応は。
……ほめてはくれた、気がした。
「……ところで君たちは。弱い子の味方には、なれるのかい?」
再び老人が、僕たちに問いかけると。
「わたしは、前の学校でつらかったけれど。みんなのお陰で救われました」
玲香ちゃんが、即座に答えてくれて。
「どうしようもないどん底から、助けてくれま・し・た!」
波野先輩も、自信満々に返答したのだけれど。
しかし、老人の片手が。
意志を持って、それを制してきて。
「……それらは、救われた者の思い出だ」
老人は、意外な力強さを伴った声で。
「わしは存分に理解した上で、聞いておる」
僕たちを、ゆっくりと見回すと。
「将来も。弱い子の味方になれるのか? それが君たちなのかと、聞いておる」
それが大切な質問だと、改めて僕たちに問うてきた。
……並木道を、にぎやかな声が通過する。
だがこのとき、僕たちのいる裏道は。
……今度はやや緊張感のある静寂が。しばしのあいだ、支配した。
「……ひとりひとりの、声ですね」
僕がつぶやくと、老人は。
「そうだ。快く賛同してくれるものばかり集めるのは、偽善だ」
「はい」
「声なき声を、集める覚悟を見せろ」
「はい」
教育者、という雰囲気で厳かに告げたあとで。
「まぁ、老人の戯言だがな……」
今度は、びっくりするくらいやさしい声になると。
白い歯まで見せて、笑顔になった。
……それから、老人は。
最初に出会ったときと、同じく。
校舎の上のほうを眺めると。
「弱いものを見つけてやって、ひとりでもいいから、救って欲しい」
少し悲しげな表情で、つぶやいた。
……自分にできないことを、偉そうに。
やれやれ。
若い力に、負けられないと。
つまらないことを、最後に口にしてしまった。
今頃、あの未来ある生徒たちは。
スクールバスで駅に向かっているのだろう。
そこにもし『あの子が』、誠実で活力ある集団の。
仲間に入ったとしたら……。
「……きょうは、どうすると?」
「いつもどおり別で、帰るそうです」
「そうか……」
ノックした部屋の、入り口に座る女性が。
日常に変化はないと、わたしに伝えてくる。
いや、きょうは。いつもとは違う話しを。
ぜひ、聞いて欲しかったのだが……。
いつも以上にがっかりと肩を落とすと。
静かに階段をおり、校舎の外に出る。
これ以上負担をかけるのも、悪いとは思うが。
きっとこれも。なにかの縁だろう。
……ならばわしも。『彼』に、頼ってみようかの。
「……あの顔、どこかで見たことがあるのよね」
……帰りの列車で、三藤先輩がそんなことを口にする。
「おじいちゃんだから、みんな似てるんじゃないですか?」
「う〜ん。でも由衣。わたしもなんか、夏休み前にどこかで見た気がする」
「えっ、玲香ちゃんもなの?」
「でも……思い出せないんだよね……」
残念ながら、僕には心当たりはないのだけれど。
……また、会う気がする。
そんな予感が、なぜかして。
そして僕はこれが。
確実に、当たる気がしていた。