もう恋なんてしないはずだったのに〜御曹司課長の一途な愛に包まれて〜
でもそれを口にする気力もない。
日菜は思わず苦笑したくなった。彼は私のために、と一度でも何かしてくれたことはあっただろうか。今となってはそんな記憶さえ無いことにおかしくなった。そして流されるまま、言い訳を探し続けるだけの人だったと思い出した。

「……俺も、もう大人だからさ。親の期待もあるし……わかるだろ?」

最後の言葉は曖昧に濁された。だがその瞬間、日菜の中ですべてが腑に落ちた気がした。
――結局、彼はそういう人なのだ。 都合のいいほうに転がる。努力しないまま、より有利な場所に身を置こうとする。
(……あぁ、ばかみたい)
彼はいうことは言ったと言わんばかりにそそくさと帰っていった。
涙なんて流れなかった。
むしろ、あれほど努力してきた自分が馬鹿みたいで胸の奥に広がるのは喪失感と空虚だけだった。
ただ、何か大切なものが音もなく壊れていく音だけが、胸の奥に響いていた。
その日を境に、日菜の中の色はすべて消えた。彼に言われた通りの見た目になるよう努力していたのをやめた。ネイルを落とし、染めていた髪を黒に戻し、クローゼットの奥に明るい服を押し込んだ。会社には毎日、同じような黒のスーツ。おしゃれにかけていた時間もお金も、すべて意味をなくした。
恋なんて、もう二度としない、そう心に固く誓った。
そしてある夜、ふとテレビで流れたアイドルグループの映像が、彼女の心をかすかに揺らした。
『ときめきスパイラル』
普段の私なら見るはずの無いアイドルグループ。そのセンターに立つひかるくんが、真っすぐにカメラを見て歌っていた。
『俺がそばにいるよ』その一言で、張りつめていた心の糸がぷつりと切れた。ようやく、日菜の目から涙がこぼれ落ちた。
彼の姿から目が離せなくなってしまう。
クールに見える彼が実は一途で心にまっすぐ響く言葉を口にする彼の存在は、空っぽになってしまった私の心染み込んだ。
画面越しでも彼がいるからまた明日を頑張れる、そう思えた瞬間だった。  
私の新しい日々は、こうして静かに始まった。
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