恋の囚人番号251107都合いい女
思い思われ 振り振られ
車の後部座席が開けられ、
降りると既に待っていたジンくんから
ジュラルミンケースを受け取った。
「お疲れ様です」
声を揃えて野郎の声が響く。
一瞥して、慣れた門をくぐる。

通された部屋の奥には、
ラフな格好とは似つかわしくない鋭い眼光が、
俺を捉えている。

「親父」
実父であり、
この業界で言うところの”親父”でもある。
雷の家紋を掲げる指定暴力団
殷雷組 組長 雷鎚嫗丈。

「遅くなりました。」
背後から声がする。

殷雷組 若頭であり、
雷鎚興業 社長 雷鎚虎丈。
兄貴がやって来た。

イタリア製の濃紺のスーツが、
相変わらず似合いすぎて嫌味だぜ。
短髪に眼鏡の兄貴は、10コも上にくせに、
歳よりも若く爽やかな印象で、一見すると、
外資系ビジネスマンにも見える。
背中一面から肘までに至る肌に、
虎と雷神が描かれているとは誰も思わないだろうな。

涼しい顔の兄貴に目配せされると、
ジュラルミンケースを
親父の机に置き一礼した。

親父が中身を確認し
「おぅ。いれとけ」と、一言
駐車場で俺ににジュラルミンケースを仰々しく渡したジンくんが
入り口に先刻から起立している。

ジンくんは
「はい」
すぐさま返事をし、
一礼するとジュラルミンから金庫に中身を移す。
帯を巻いた真新しい札束が
金庫の中に手早く積み上げられていく。


兄貴が社長を務める雷鎚興業は、いわゆる
殷雷組のフロント企業。
兄貴の人脈と才覚で多方面での事業が成功を収め
組一番の大蔵省だ。

俺は、抗争を機に親心で中高をアメリカで過ごし、
帰国を命じられてから6年、
兄貴の片腕として
業績拡大や、海外との取引、
表に出せない金の洗浄や、
兄貴が表立ってできないことをして
潤沢な資金を集めていた。



「着替えだけなら、待ってたのに。」
帰路につく車の助手席から、
ジンくんがが後部座席の俺に声をかけた。

元々一つ上の幼馴染であるため、
仕事以外では、いつもの砕けた調子に自然と戻る。
既に堅苦しいネクタイも、結んでいたゴムも外して、
したり顔で振り返る。

なにも答えずタバコに火を付けると
「派手な痴話喧嘩の後は盛り上がるよな〜」
と、可笑しそうに笑って冷やかした。

「でもあんな怒ったり泣いたりする子、
銀の周りには居なねぇな。
お前、毎回揉める前に綺麗に切んじゃん」


確かに、女に困ったことはないし、
特に入れ込んだこともない。
お互いギブ・アンド・テイクで後腐れないのが
暗黙のルールだった。
この世界にいることで
足枷になったり巻き込んだりしては面倒でしかない。
だから喧嘩にもならないし、泣かれることもなかった。



「身も心も欲しいんだってさ」
まっすぐな熱っぽい目を思い出し、
窓の外に長い煙を吐いた。

「泣かせるね〜」
ジンくんは口笛を吹いて軽口を叩く。
「でもお前、椿さん一筋だもんなぁ。」


椿。
アメリカのインターナショナルスクールにいた
2つ上の日本人形みたいな女は、
初めて欲しいと思った女だった。
同郷ということもあり、家族同然に交流を深め、
弟のように扱われていたけれど、
恋焦がれ、髪や唇に触れたいと願っていた。
ハイスクールに進級し、
椿の家でお祝いをしてもらった夜、
初めて椿を抱いた。
有頂天になったけれど、
「これで最後」と椿は涙をこぼした。
それから、顔を合わせられずにいるうちに、
椿は卒業後、帰国してすぐ結婚した。


「そうだな。」
銀丈は返事をしたが、
なぜか浮かんだ顔は椿じゃなかった。


走って手を伸ばしてきた必死な顔。
八方塞がりで立ち止まる自身の思いから
救ってくれるような気がして、手を取ってしまった。

車のミラー越しに見た、窓の外を見る大人びた顔。
恥ずかしそうにうつむ顔。
目を丸くして驚く顔。
笑った顔。
乱れた顔。
怒った顔。
泣いた顔。
自分だけに向けられた顔に、
目が離せなくなっていた。

だから

さっき、事務所から見えたアイツの顔に
がっかりしたんだ。

いや、違うな。

フロアで俺じゃない男の肩に寄り、
切ない顔で見上げたせりに
腹が立ったんだ。

もう一度長く細く
ため息のような煙を吐いて
「俺も前途多難だな。」
呟いた。






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