お坊っちゃまの護衛はおまかせあれ~猫かぶりなわたしは今日も幼なじみを華麗に欺く~

11 凪良楓花 視点



 おかしい、絶対におかしい、凌久の様子がおかしすぎる。あの日からだ、天海隊長のところでタコパした日以降からだ。
 クズさにもかなり拍車がかかってて、平気で女を部屋に連れ込むようになった……しかもわたしがいてもね。普通におっ始めるからわたしが気を利かせて出ていくみたいな流れが当たり前になってる今日この頃。

「はぁ」

 何度経験しても慣れないこの虚しさと耳にこびりついてはなれない淫らな声にベッドが軋む音。きもちわるい、気持ち悪い、本当に最悪。凌久があの部屋で女を抱いていると思うと、もやもやして吐き気がする。

「さっさと終わんないかな」

 何ていうか、わたしも大概幼なじみであるクソクズお坊っちゃまに甘くて、心の底から憎めないわけみたいなのがあるのよ。普通こんな扱い受けてたら心底軽蔑して嫌いになっているだろうけど(ぶっちゃけ元から心底軽蔑はしているけれども)、凌久のこの行動がどうしてもわたしへの当てつけ……みたいに感じるのよね。
 きっとわたしが凌久を怒らせるようなことをしちゃったんだと思う。あの日以降からだから思い当たる節があるから余計にねえ……なんて考えていたらいつもの人が玄関から出てきた。
 わたしがもやもやしている原因の大半は、最近凌久がこの人ばかりを相手にしているという現実を毎回突きつけられるということ。

「あら、またいる。番犬も大変ね」

 凌久が部屋に入れている時点で害のない人だと判断されているんだろうけど、わたしまで油断するわけにはいかない。あの時は動揺して天海隊長について行っちゃったけれども何があるか分からない以上、下手にここから離れるわけにもいかず、結局わたしは玄関ドア前で待機するしかない。

「いえ」
「ごめんなさいね? 抑えが利かなくて、うるさくなかったかしら?」

 毎度こんな塩梅でマウントを取ってくるのが鬱陶しい、だけどそんな低レベルな煽りにわたしが乗っかるとでも? 冗談はその甘ったるい香水のくささだけにしてくれる? そんなひっくいレベルの女じゃないんでね、わたし“は”。

「いえ。お気をつけてお帰りください」

 笑みを浮かべ、軽く会釈をして顔を上げると目が合った。  

「まだなにか?」
「ちっ! あんたみたいな平凡女、一生抱いてもらえないでしょうね。可哀想に」
「はて? お気をつけてお帰りください」
「ちっ!!」

 盛大な舌打ちをカマして去っていく女の人を横目にため息を漏らす。

「なにしてんだろ、わたし」

 しばらく無になってぼうっとしながら待っていると玄関ドアが開いて凌久が顔を覗かせた。ふわりと鼻をくすぐるお風呂上がりのいい香り。

「なにお前、ずっとそこにいんの?」
「はい。何かあっては旦那様と奥様に顔向けができませんので」
「なんっだそれ、何とも思わねえの?」

 思わないわけないでしょ、何が嬉しくて幼なじみの事後待ちをしなきゃなんないわけ。アホな質問しないでほしいわ、ほんっと腹立つ。

「とくに感想等はございません」
「はあ、まあいいやどうでも」
「左様でございますか。凌久さま、そろそろお時間です」
「あぁちょい待ち、準備する」

 それから準備を終えた凌久と無言で廊下を歩きながら根城(ホーム)へ向かっている。

「なあ」
「はい」
「キツくね」
「キツいとは?」

 凌久を見上げると自信がなさそうな表情(かお)でただ前を見据えていた。

「俺といんのしんどくねぇの」

 昔から時々どこか自信がなくて不安そうな表情をする時があるんだけど、最近はそれに寂しげで儚さもプラスされているという異常事態。で、どことなく上の空っていうか変に優しい……いや、違うな。無駄に絡んでくることが減った……という表現のほうがしっくりくる。
 いやぁごく稀にあるんだよね、こういう負の連鎖時期っていうのかな? たしか数年前にもあったような気がするけど、今回のは重症そうな予感。これは早めに南雲家に帰ったほうがいいかな? 真綾さんにビシッと言ってもらわないと。

「わたしにそのような感情はありませんのでご心配には及びません、お気遣いありがとうございます」
「……もう辞めちまえば?」
「辞めるとは?」
「俺の専属護衛、辞めてもいいぞ別に」

 はいでたー! 案の定「俺の専属護衛辞めてもいいぞ別に」発言きたー! ネガティブクソクズお坊っちゃまの再来デス。

「凌久さま、そのような悲しいことはおっしゃらないでください。わたしは凌久さまに忠誠を誓った身っ」
「そんなもん口約束みてぇなもんだろ、好きに生きろよ。俺がいないところで」

 だぁぁーーもうっ! ふっざけんな! こちとら血反吐吐きながらあんたのために死に物狂いで訓練受けてきたんだっつうの! これでもわたし、あんたのこと大切な幼なじみだって今でも思ってるんだから! 今さら辞めれるかっつうの! ほんっとアホんだらぁ!
 なによ、凌久はわたしがいなくても平気なの? わたしってその程度だった? ずっと傍にいたのに、ずっと隣に立っていたのに、結局わたしは役立たずだった?
 いらない? 必要ない? だったら捨ててよ、はっきり言って、お前なんてもういらねえってちゃんとわたしの目を見て言ってよ。

「!? ちょっ、おまっ、楓花」

 凌久のあまりの焦りように疑問符が飛び交うわたし。

「おまっ、なっなんで泣いてんだよ、いやいや待て待て、マジでどうした!?」

 え? わたしが……泣いてる? そんなはずない……こともなかった。
 瞳から溢れる涙が次々と頬を伝い濡らしていく。わたしは凌久の前で泣いたことなんて一度だってない。だから凌久もかなり焦ったんだと思う、そもそも本人であるわたしが内心で一番驚いている。

「悪い、泣かせるつもりなんてなかった」
「いえ、申し訳ありません」
「ごめん」
「そんなっ」
「楓花」

 優しくわたしの名前を呼んで、あたたかくて大きな手でわたしの頬にそっと触れた凌久。とても穏やかな瞳、けれどその瞳の奥底に戸惑いみたいなものが垣間見える。凌久がわたしにこんなことをするのが初めてで、声も出なければ体も動かない。どうすればいいのか分からずにいると、指で涙を拭ってくれた。
 とくんと心臓が跳ねて、徐々に高鳴る胸の鼓動。凌久に対してこんなにも心臓が早鐘を打つようにドキドキするのは初めてで困惑する。

「俺、お前のことがっ」
「おーい、なーにやってんのー」
「お邪魔だったかな?」

 凌久が何か言いかけて、そのを遮ったのは茉由と瑛斗だった。

「って、まじでなにやってんの南雲」
「凌久、お前が泣かせたのか」
「あ? ああ、いや、まあっ」
「砂埃が舞って目に入ってしまって……凌久さまに見てもらっていたところです」
「あーね、どれどれ見せてみー?」
「俺はいよいよ凌久が楓花を泣かせたのかと思ったよ」
「……俺が全部悪い」

 凌久はボソッとそう言って先を進む。瑛斗はごく自然に凌久の隣へ行って肩を組むと「やめろよ重ぇ」とか言いながら振り払うことはしない凌久を見てホッとする。

「てか顔真っ赤だよー」
「え?」
「なに、南雲もなんかあったー?」

 にやりとする茉由の頭に軽くチョップすると笑われた。

「何もありません」
「ふーん、あらそー」
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