桜吹雪が舞う夜に
大学一年、春

始まり Sakura Side.






叶わないと知りつつも、あの白衣の背中に、どうしようもなく憧れていた。

……私、中野桜が彼ーー御崎日向(みさきひなた)に初めて会ったのは、もう二年も前のことだ。
春の午後。友人の見舞いに訪れた病室の扉を開けた瞬間。
淡い光の中でカルテに目を落とすその姿を見た。
短く整えられた髪、少し疲れた横顔。
白衣の袖口から覗いた腕時計が、規則正しく時を刻んでいた。

あのときの彼は、高校生だった私にとって別の世界の人で、同世代の男の人とは全く違う雰囲気を纏っていた。
救う人で、守る人で、触れてはいけない世界の住人。
それでも、どうしようもなく惹かれた。

牧師の息子であるという彼の出自も相まって、私にはまるで彼が神様みたいに思えていた。何者にも穢されない光のような存在だった。

だから、今日。
入学式の帰り道に彼の前で言葉を吐き出したのは、
二年分の想いをようやく解き放つような瞬間だった。

「……私、日向さんのことが、ずっと好きでした」

結果は分かっていた。
玉砕覚悟。

だって彼は三十一歳の立派な医師で、
私はようやく医学部に入学したばかりの十八歳。

同じ白衣を目指しても、
背中の距離はあまりに遠い。

それでも――
言わずにはいられなかった。

たとえ、振られてもいいと思った。
だって、あの日からずっと、
私の心は彼の背中を追いかけていたのだから。



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