桜吹雪が舞う夜に
唇を噛みしめ、思い切って声を震わせる。
「でも……」
一度深呼吸して、涙がにじむ瞳で彼を見上げた。
「でも、日向さんみたいになりたいんです」
思わず零れた言葉は、ずっと心の奥に隠していた本音だった。
「私……追いつきたい。強くて、誰かを守れて、頼られて……そういう人になりたいんです」
言葉を並べれば並べるほど、胸がぎゅっと締めつけられる。
「だから……日向さんに、見劣りする自分が悔しくて。無理でも、背伸びでも、頑張らずにはいられないんです」
静寂。
日向さんは驚いたように少し目を見開いたまま、何も言わずにこちらを見ていた。
その視線に耐えられなくなり、俯いて拳を握る。
「……笑わないでくださいね」
返ってきたのは、笑いではなく、深く、静かなため息だった。
そして、ゆっくりとした声。
「……本当に、俺なんかに追いつこうとしなくていい」
頭の上に大きな手がそっと置かれた。
その温もりに、また涙が込み上げた。
胸がずきりと痛む。
(どうして……そんな言い方するんですか)
唇を噛み、必死に涙をこらえる。
けれど、次に続いた言葉がその奥を震わせた。
「桜は桜のままでいい。……無理に俺と同じ景色を見ようとしなくていい」
低く落ち着いた声だった。
「むしろ、俺は……桜に、俺の世界まで背負ってほしくない」
ぐっと胸の奥に押し込めていた感情が溢れそうになる。
(背負ってほしくない……それって、やっぱり私は子供だから?)
「……私が無理に背伸びしても、迷惑ですか」
震える声でやっと絞り出す。
日向さんはしばらく黙って、静かに首を振った。
「迷惑じゃない。……でも怖いんだ」
「怖い?」
「俺と同じ道を選んで、潰れてしまうんじゃないかって。
……そんなの、絶対に見たくない」
その言葉に、涙が止まらなくなった。
追いつきたい。隣に立ちたい。
その想いすら、彼を苦しめることになるのか。
「……ずるいです」
しゃくりあげながら、ぽつりと呟く。
「そんなふうに言われたら、もっと追いかけたくなるじゃないですか」
日向さんは苦く笑い、頭に置いた手でそっと髪を撫でた。
「……馬鹿だな。本当に、どうしようもないくらい」
その声は、突き放しながらも愛おしさを隠しきれない響きを帯びていた。