大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。
第113話 止まった時間は、どちらのせい?
追加資料の準備でバタバタする月曜の夜。
会社のフロアにはもうほとんど誰もいないのに、
蛍光灯だけは妙に元気にぎらぎらしていた。
プリンターがガガガと騒がしく動く中、朱里は疲れた肩を軽く回す。
(はあ……まさか、今日こんなに遅くなるなんて)
せっかく「ゆっくり歩こうか」なんて言われて、
胸の奥がほんのり甘くなっていたのに。
全部、部長の“急ぎで頼む”のせいだ。
「中谷さん、こっちは終わったよ」
隣から、落ち着いた声。
朱里が顔を上げると、嵩が資料の束を揃えて立っていた。
シャツの袖をまくって手首に光る時計が、どこか品よく見える。
(……ちょっと。なんでこんな時間でもかっこいいの)
理不尽に腹が立つのは、疲れているからだろうか。
「平田さんも……お疲れさまです」
「うん。でも、朱里さんのほうが大変だったでしょ。急に呼び出されて」
「……まあ、そうですけど」
朱里がプリンター横の紙を確認していると、
隣で嵩が少しだけ声を落とした。
「——さっきの、続き」
「……っ」
指がぴたりと止まった。
「え、あの……つ、続き……?」
「うん。帰り道の。途中だったから」
朱里の心臓はドラムロールのように暴れだす。
“途中だったから”という言葉が、
今日一日ずっと胸の奥に引っかかっていた意味を持って響く。
(わ、わかってるなら……そんな普通の声で言わないでよ……)
「い、今は……仕事中なので……」
「仕事終わったら話す?」
く、くる……ッ!
朱里は慌ててプリンタートレイを閉めた。
「こ、今後のお話でしたら、明日でもいいかと……!」
「明日だと朱里さん忙しいでしょ?」
「そ、それは……」
嵩が穏やかに見つめてくる。
一歩も逃げられない。
しかもこの距離、さりげなく近い。
気づいてしまった瞬間に心拍数が跳ね上がる。
「朱里さんが嫌じゃなければ、だけど」
「……嫌じゃ……ない……です」
思わず本音が漏れた。
しまった、と思ったときにはもう遅い。
嵩の表情が、ふっと優しくほぐれる。
「なら、少し話そうか。ここじゃなくて──外で」
「そ、外……?」
「うん。会社出たらすぐ、公園があるだろ? 人も少ないし」
朱里は頭の中で、反射的に警戒する。
(ま、待って……!
夜の公園……って、え?
これって、なんか、そういう……!?)
完全に自意識過剰だと分かっているのに、
想像が勝手に先走る。
そんな朱里の混乱を知ってか知らずか、嵩は落ち着いた声で言った。
「金曜のこと。望月さんのこと。
……朱里さんが、俺のことで悩んでるって話」
「……っ」
「ちゃんと聞かせてほしい」
言葉が真っ直ぐすぎて、逃げ場がなかった。
ずるい。ずるい。ずるい。
こんなの、好きになってしまうじゃないか。
そのとき──
ガチャ、と会議室の扉が開いた。
「──あれっ? まだ二人とも残ってたの?」
望月瑠奈が顔を出した。
書類を抱え、疲れてはいるが、朱里と嵩を見るその目は、
ほんのわずかだけ鋭い。
気まずい沈黙。
嵩が先に口を開いた。
「望月さんも残業?」
「はい。書類出し忘れちゃって。……あれ、中谷さんと平田さん、帰るところでした?」
朱里は一拍遅れ、慌てて言葉を繋ぐ。
「あ、あの、いえ……えっと……仕事が、もうすぐ終わるところで……!」
「へえ。
じゃあ……帰り、一緒に?」
(……っ!)
──止まっていた時間が、再び動いた気がした。
そして、嵩が静かに朱里を見た。
「──どうする?」
会社のフロアにはもうほとんど誰もいないのに、
蛍光灯だけは妙に元気にぎらぎらしていた。
プリンターがガガガと騒がしく動く中、朱里は疲れた肩を軽く回す。
(はあ……まさか、今日こんなに遅くなるなんて)
せっかく「ゆっくり歩こうか」なんて言われて、
胸の奥がほんのり甘くなっていたのに。
全部、部長の“急ぎで頼む”のせいだ。
「中谷さん、こっちは終わったよ」
隣から、落ち着いた声。
朱里が顔を上げると、嵩が資料の束を揃えて立っていた。
シャツの袖をまくって手首に光る時計が、どこか品よく見える。
(……ちょっと。なんでこんな時間でもかっこいいの)
理不尽に腹が立つのは、疲れているからだろうか。
「平田さんも……お疲れさまです」
「うん。でも、朱里さんのほうが大変だったでしょ。急に呼び出されて」
「……まあ、そうですけど」
朱里がプリンター横の紙を確認していると、
隣で嵩が少しだけ声を落とした。
「——さっきの、続き」
「……っ」
指がぴたりと止まった。
「え、あの……つ、続き……?」
「うん。帰り道の。途中だったから」
朱里の心臓はドラムロールのように暴れだす。
“途中だったから”という言葉が、
今日一日ずっと胸の奥に引っかかっていた意味を持って響く。
(わ、わかってるなら……そんな普通の声で言わないでよ……)
「い、今は……仕事中なので……」
「仕事終わったら話す?」
く、くる……ッ!
朱里は慌ててプリンタートレイを閉めた。
「こ、今後のお話でしたら、明日でもいいかと……!」
「明日だと朱里さん忙しいでしょ?」
「そ、それは……」
嵩が穏やかに見つめてくる。
一歩も逃げられない。
しかもこの距離、さりげなく近い。
気づいてしまった瞬間に心拍数が跳ね上がる。
「朱里さんが嫌じゃなければ、だけど」
「……嫌じゃ……ない……です」
思わず本音が漏れた。
しまった、と思ったときにはもう遅い。
嵩の表情が、ふっと優しくほぐれる。
「なら、少し話そうか。ここじゃなくて──外で」
「そ、外……?」
「うん。会社出たらすぐ、公園があるだろ? 人も少ないし」
朱里は頭の中で、反射的に警戒する。
(ま、待って……!
夜の公園……って、え?
これって、なんか、そういう……!?)
完全に自意識過剰だと分かっているのに、
想像が勝手に先走る。
そんな朱里の混乱を知ってか知らずか、嵩は落ち着いた声で言った。
「金曜のこと。望月さんのこと。
……朱里さんが、俺のことで悩んでるって話」
「……っ」
「ちゃんと聞かせてほしい」
言葉が真っ直ぐすぎて、逃げ場がなかった。
ずるい。ずるい。ずるい。
こんなの、好きになってしまうじゃないか。
そのとき──
ガチャ、と会議室の扉が開いた。
「──あれっ? まだ二人とも残ってたの?」
望月瑠奈が顔を出した。
書類を抱え、疲れてはいるが、朱里と嵩を見るその目は、
ほんのわずかだけ鋭い。
気まずい沈黙。
嵩が先に口を開いた。
「望月さんも残業?」
「はい。書類出し忘れちゃって。……あれ、中谷さんと平田さん、帰るところでした?」
朱里は一拍遅れ、慌てて言葉を繋ぐ。
「あ、あの、いえ……えっと……仕事が、もうすぐ終わるところで……!」
「へえ。
じゃあ……帰り、一緒に?」
(……っ!)
──止まっていた時間が、再び動いた気がした。
そして、嵩が静かに朱里を見た。
「──どうする?」