大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。
第147話 田中美鈴は、正しいことしか言わない
昼休みの給湯室は、妙に静かだった。
電子レンジの回る音と、ポットが沸く小さな唸り。
それ以外は、何もない。
朱里はマグカップを握ったまま、ぼんやり立っていた。
昨夜のことが、まだ頭から離れない。
(手、繋いだ……)
思い出すたび、頬が熱くなる。
「……中谷さん」
背後から、低く落ち着いた声。
振り返ると、田中美鈴が立っていた。
相変わらず無表情に近い顔で、コーヒーを注いでいる。
「最近、分かりやすいですね」
心臓が跳ねた。
「え……な、何がですか?」
「嵩さんの話をするとき、
一拍遅れてから否定するところです」
朱里は言葉を失った。
「……そんな、こと」
「あります」
即答だった。
美鈴はマグカップを手に、朱里の隣に並ぶ。
「『別に好きじゃないです』
『興味ないです』
『大嫌いです』」
淡々と、再現する。
「そのあと、必ず目線が下がる。
声が半音、下がる。
手が、止まる」
朱里は、何も言えなかった。
「……で、昨夜は何がありました?」
「な、なんで分かるんですか……」
「今日は、指輪してないのに
左手を気にしてるからです」
完敗だった。
美鈴は朱里を責めるでもなく、ただ事実を並べる。
「中谷さんは、
“嫌い”って言葉を盾にしてます」
「……」
「好きになるのが怖いんですよね」
胸の奥を、正確に突かれた。
朱里は唇を噛む。
「……だって、もし……」
「傷つくのが怖い?」
「……はい」
美鈴は、少しだけ首を傾けた。
「でも、それ」
一拍置いてから、言った。
「もう、十分傷ついてる人の言い分ですよ」
朱里の喉が、詰まる。
「何もしてないふりをして、
一番痛い場所をずっと押してる」
逃げ場のない言葉だった。
美鈴は、視線を逸らさず続ける。
「嵩さん、知ってますか?」
「……え?」
「中谷さんが『大嫌い』って言うたび、
ほんの少し、嬉しそうな顔してること」
朱里は息を呑んだ。
「嫌われてないって、
分かってるからです」
「……そんな……」
「本当に嫌いなら、
そもそも視界に入れません」
沈黙。
ポットが、カチ、と音を立てて止まる。
美鈴はマグを持ち上げ、最後に言った。
「中谷さん」
その声は、いつもと同じ温度なのに。
「100回『大嫌い』って言う前に、
一回くらい、
自分に正直になってもいいと思いますよ」
それだけ言って、給湯室を出ていった。
残された朱里は、しばらく動けなかった。
──正しい。
全部、正しい。
だからこそ、痛かった。
(……私、もう……)
否定できないところまで、来てしまっている。
朱里は、そっと左手を握りしめた。
昨夜、確かにあった温度を、
逃がさないように。
電子レンジの回る音と、ポットが沸く小さな唸り。
それ以外は、何もない。
朱里はマグカップを握ったまま、ぼんやり立っていた。
昨夜のことが、まだ頭から離れない。
(手、繋いだ……)
思い出すたび、頬が熱くなる。
「……中谷さん」
背後から、低く落ち着いた声。
振り返ると、田中美鈴が立っていた。
相変わらず無表情に近い顔で、コーヒーを注いでいる。
「最近、分かりやすいですね」
心臓が跳ねた。
「え……な、何がですか?」
「嵩さんの話をするとき、
一拍遅れてから否定するところです」
朱里は言葉を失った。
「……そんな、こと」
「あります」
即答だった。
美鈴はマグカップを手に、朱里の隣に並ぶ。
「『別に好きじゃないです』
『興味ないです』
『大嫌いです』」
淡々と、再現する。
「そのあと、必ず目線が下がる。
声が半音、下がる。
手が、止まる」
朱里は、何も言えなかった。
「……で、昨夜は何がありました?」
「な、なんで分かるんですか……」
「今日は、指輪してないのに
左手を気にしてるからです」
完敗だった。
美鈴は朱里を責めるでもなく、ただ事実を並べる。
「中谷さんは、
“嫌い”って言葉を盾にしてます」
「……」
「好きになるのが怖いんですよね」
胸の奥を、正確に突かれた。
朱里は唇を噛む。
「……だって、もし……」
「傷つくのが怖い?」
「……はい」
美鈴は、少しだけ首を傾けた。
「でも、それ」
一拍置いてから、言った。
「もう、十分傷ついてる人の言い分ですよ」
朱里の喉が、詰まる。
「何もしてないふりをして、
一番痛い場所をずっと押してる」
逃げ場のない言葉だった。
美鈴は、視線を逸らさず続ける。
「嵩さん、知ってますか?」
「……え?」
「中谷さんが『大嫌い』って言うたび、
ほんの少し、嬉しそうな顔してること」
朱里は息を呑んだ。
「嫌われてないって、
分かってるからです」
「……そんな……」
「本当に嫌いなら、
そもそも視界に入れません」
沈黙。
ポットが、カチ、と音を立てて止まる。
美鈴はマグを持ち上げ、最後に言った。
「中谷さん」
その声は、いつもと同じ温度なのに。
「100回『大嫌い』って言う前に、
一回くらい、
自分に正直になってもいいと思いますよ」
それだけ言って、給湯室を出ていった。
残された朱里は、しばらく動けなかった。
──正しい。
全部、正しい。
だからこそ、痛かった。
(……私、もう……)
否定できないところまで、来てしまっている。
朱里は、そっと左手を握りしめた。
昨夜、確かにあった温度を、
逃がさないように。