大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

第187話 言われなかった言葉の、その先へ(三)

送信してから、ほんの数秒。

それだけで、嵩は自分がどれだけその返事を気にしているかを思い知らされた。

スマートフォンを伏せたまま、指先だけが落ち着かない。

机の上で、無意識にペンを転がす。

(返事は、すぐじゃなくていい)

そう思って送ったはずなのに、
「すぐじゃなくていい」という言葉は、
“いつでもいい”と同じではないことを、今さら理解する。

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

嵩は立ち上がり、給湯室へ向かった。

コーヒーを淹れる必要なんて、もうないのに。

そこで、望月瑠奈と鉢合わせる。

「あ、平田さん」

いつも通りの声。

いつも通りの笑顔。

でも、今日は少しだけ、視線が鋭かった。

「今日は……なんか、静かですね」

「そうかな」

「はい。静かというか……考え事してる人の背中です」

図星すぎて、笑うしかなかった。

「よく見てるね」

「後輩ですから」

冗談めかして言いながら、瑠奈はマグカップを持つ手を止める。

「……中谷先輩と、何かありました?」

直球だった。

でも、責める調子ではない。

嵩は一瞬だけ迷ってから、曖昧に答える。

「ちゃんと話そうとしてるところ」

「ふうん」

瑠奈はそれ以上踏み込まなかった。

代わりに、ぽつりと言う。

「ちゃんと話すって、怖いですよね。でも……話さないほうが、あとでずっと残ります」

その言葉に、嵩は何も返せなかった。

瑠奈は軽く会釈して、先に給湯室を出ていく。

一人残された嵩は、深く息を吐いた。

(……背中、押されすぎだろ)

美鈴。
朱里。
瑠奈。

誰も、答えを押しつけてこない。

ただ、“選べ”と言われているだけだ。

デスクに戻る途中、スマートフォンが震えた。

一瞬、心臓が跳ねる。

でもそれは、業務連絡だった。

期待してしまった自分に、苦笑する。

(返事は、まだだ)

それでいい。

待つと決めたのは、自分だ。

午後の仕事をこなしながらも、
嵩の意識はどこか、帰り道のことを先取りしていた。

どこで話すか。

どこまで話すか。

何を、言って、何を言わないか。

──言われなかった言葉の、その先。

そこには、

“自分がどうするか”しか残っていない。

定時が近づく。

窓の外の光が、少しずつ傾いていく。

嵩はスマートフォンを、もう一度だけ確認した。

まだ、既読はついていない。

それでも、胸の奥は不思議と静かだった。

(来るかどうかじゃない)
(来たとき、逃げないって決めただけだ)

嵩はゆっくりと立ち上がり、帰り支度を始めた。

今日という日は、
“答えをもらう日”ではなく、
“答えを渡す準備をする日”なのだから。
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