大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。
第203話 今日は、言わなかったで正解です
送別会が終わり、店の前で自然解散になった。
「お疲れさまでしたー」
「また明日ー」
そんな声が夜に溶けていく。
朱里は駅へ向かう道を、一人で歩いていた。
胸の奥が、まだざわざわしている。
(……結局、何も言えなかったな)
後悔、と呼ぶには少し違う。
でも、満足とも言えなかった。
その時。
「先輩」
後ろから、聞き慣れた声。
振り向くと、望月瑠奈が少し小走りで追いついてくる。
「一人で帰るんですか?」
「……うん。瑠奈は?」
「私もです。方向一緒ですよね」
並んで歩き出す。
少しだけ、間が空いた。
先に口を開いたのは、瑠奈だった。
「今日」
短く、切り出す。
「先輩、何も言わなかったじゃないですか」
朱里の足が、ほんの一瞬だけ遅れる。
「……うん」
「正解だと思います」
即答だった。
朱里は思わず、瑠奈の顔を見る。
「え?」
瑠奈は前を向いたまま、続ける。
「送別会って、
言葉が“共有物”になる場所だから」
朱里は、はっとする。
「先輩があそこで言ったら、
それ、先輩の気持ちじゃなくなる」
「……」
「みんなの前で消費される言葉になる」
瑠奈は、少しだけ肩をすくめた。
「それ、先輩が一番嫌いなやつじゃないですか」
胸の奥を、正確に突かれた。
「……うん」
小さく頷く朱里。
瑠奈はそこで、ようやく朱里を見る。
でも、その目は挑戦的でも、責める色でもなかった。
「先輩って、
“言わない”を選ぶとき、
本当は一番ちゃんと考えてる」
「……そんなことないよ」
「あります」
きっぱり。
「私、空気読まないってよく言われるんですけど」
瑠奈は少し笑う。
「でも、今日は分かりました。
あれ、逃げじゃない」
朱里の胸が、少しだけ軽くなる。
「じゃあ……」
言葉を探して、朱里は迷う。
「私は、どうしたらいいと思う?」
答えを求めるようで、
でも、押しつけたくない聞き方。
瑠奈は、少し考えてから言った。
「先輩が言うときは、
“言わなきゃ”じゃなくて」
一拍。
「“言いたい”になったとき、だと思います」
朱里は、歩きながら深く息を吸った。
「……それ、すごく怖いんだけど」
「ですよね」
瑠奈は即答した。
「でも、怖いってことは、
本気ってことです」
駅の明かりが近づいてくる。
「私」
瑠奈が、少しだけ声を落とす。
「平田さんのこと、尊敬してます。
でも──」
一瞬、言葉を選んで。
「先輩が言葉を選んでる姿のほうが、
ずっと強いなって思いました」
朱里は立ち止まり、瑠奈を見る。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
瑠奈は軽く手を振る。
「今日は、言わなかったで正解です」
その言葉を置いて、改札へ向かっていった。
朱里は一人、ホームに立つ。
電車の風が、髪を揺らす。
(言わなかった)
でもそれは、
“言えなかった”とは、もう違う。
言葉を大事にした結果だ。
朱里は、胸に手を当てる。
ここにある言葉は、
まだ温かい。
──いつか、ちゃんと渡すために。
電車が、静かに滑り込んできた。
「お疲れさまでしたー」
「また明日ー」
そんな声が夜に溶けていく。
朱里は駅へ向かう道を、一人で歩いていた。
胸の奥が、まだざわざわしている。
(……結局、何も言えなかったな)
後悔、と呼ぶには少し違う。
でも、満足とも言えなかった。
その時。
「先輩」
後ろから、聞き慣れた声。
振り向くと、望月瑠奈が少し小走りで追いついてくる。
「一人で帰るんですか?」
「……うん。瑠奈は?」
「私もです。方向一緒ですよね」
並んで歩き出す。
少しだけ、間が空いた。
先に口を開いたのは、瑠奈だった。
「今日」
短く、切り出す。
「先輩、何も言わなかったじゃないですか」
朱里の足が、ほんの一瞬だけ遅れる。
「……うん」
「正解だと思います」
即答だった。
朱里は思わず、瑠奈の顔を見る。
「え?」
瑠奈は前を向いたまま、続ける。
「送別会って、
言葉が“共有物”になる場所だから」
朱里は、はっとする。
「先輩があそこで言ったら、
それ、先輩の気持ちじゃなくなる」
「……」
「みんなの前で消費される言葉になる」
瑠奈は、少しだけ肩をすくめた。
「それ、先輩が一番嫌いなやつじゃないですか」
胸の奥を、正確に突かれた。
「……うん」
小さく頷く朱里。
瑠奈はそこで、ようやく朱里を見る。
でも、その目は挑戦的でも、責める色でもなかった。
「先輩って、
“言わない”を選ぶとき、
本当は一番ちゃんと考えてる」
「……そんなことないよ」
「あります」
きっぱり。
「私、空気読まないってよく言われるんですけど」
瑠奈は少し笑う。
「でも、今日は分かりました。
あれ、逃げじゃない」
朱里の胸が、少しだけ軽くなる。
「じゃあ……」
言葉を探して、朱里は迷う。
「私は、どうしたらいいと思う?」
答えを求めるようで、
でも、押しつけたくない聞き方。
瑠奈は、少し考えてから言った。
「先輩が言うときは、
“言わなきゃ”じゃなくて」
一拍。
「“言いたい”になったとき、だと思います」
朱里は、歩きながら深く息を吸った。
「……それ、すごく怖いんだけど」
「ですよね」
瑠奈は即答した。
「でも、怖いってことは、
本気ってことです」
駅の明かりが近づいてくる。
「私」
瑠奈が、少しだけ声を落とす。
「平田さんのこと、尊敬してます。
でも──」
一瞬、言葉を選んで。
「先輩が言葉を選んでる姿のほうが、
ずっと強いなって思いました」
朱里は立ち止まり、瑠奈を見る。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
瑠奈は軽く手を振る。
「今日は、言わなかったで正解です」
その言葉を置いて、改札へ向かっていった。
朱里は一人、ホームに立つ。
電車の風が、髪を揺らす。
(言わなかった)
でもそれは、
“言えなかった”とは、もう違う。
言葉を大事にした結果だ。
朱里は、胸に手を当てる。
ここにある言葉は、
まだ温かい。
──いつか、ちゃんと渡すために。
電車が、静かに滑り込んできた。