大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。
第205話 信じなかったふり
朱里の言葉が消えたあと、
オフィスには、しばらく何も起きなかった。
嵩はすぐに答えなかった。
慰める言葉も、綺麗な締めも用意しない。
ただ、視線を外し、ゆっくりと息を吐く。
「……そっか」
それだけ言って、少し笑った。
苦笑に近い、でもどこか安堵したような表情。
朱里は、その横顔を見つめる。
“大嫌い”と言わなかったことで、何かが壊れる気がしていた。
でも壊れたのは、沈黙のほうだった。
「正直に言うと」
嵩は天井を見上げる。
考えを整理する癖は、昔から変わらない。
「最初から、嫌いだなんて……信じてなかった」
朱里の胸が、ひくりと鳴る。
「冗談だって、照れ隠しだって、分かってた。
……分かってた、つもりだった」
嵩は朱里を見る。
真っ直ぐだが、責める目ではない。
「でも、信じ続けるのって……結構、怖い」
その一言で、朱里は悟った。
彼もまた、守っていたのだと。
「嫌われてないって信じるのは、
裏切られたときに、全部自分が傷つくから」
嵩は、そこで言葉を切った。
「だから俺は……途中から、
“本気で嫌われてる”って思うほうを選んだ」
朱里は何も言えなかった。
それは、責められているのとは違った。
同じ臆病さを、違う形で抱えていた。
ただそれだけのこと。
「転勤の話も」
嵩は続ける。
「一人で決めようとしてた。
朱里に何か言われる前に、終わらせたかった」
視線が交わる。
「でも、さっきの言葉で……やめた」
朱里の心臓が、強く脈打つ。
「行くか、行かないかは……まだ分からない。
でも、少なくとも──」
嵩は一歩、近づいた。
それ以上は来ない。
「終わらせるつもりは、ない」
触れない距離。
でも、逃げない距離。
「重い話だって言ったけどさ」
少し照れたように、嵩は笑う。
「一緒に考える相手がいるなら、
重くても、いいと思った」
朱里の喉が熱くなる。
好き、という言葉は、まだ出てこない。
でも──
「……待っても、いいですか」
朱里は、震えながら言った。
「ちゃんと、選べるようになるまで」
嵩は、すぐに頷かなかった。
でも、否定もしなかった。
「待つよ」
短く、確かに。
「朱里が、選ぶなら」
二人の間に、また静けさが戻る。
けれどそれは、最初とは違う沈黙だった。
言わなかった言葉が、
言えなかった感情が、
確かに──残っている。
「……行きますか」
朱里が言う。
「はい」
並んで歩き出す。
肩は触れない。
でも、同じ方向を向いている。
それだけで、十分だった。
オフィスには、しばらく何も起きなかった。
嵩はすぐに答えなかった。
慰める言葉も、綺麗な締めも用意しない。
ただ、視線を外し、ゆっくりと息を吐く。
「……そっか」
それだけ言って、少し笑った。
苦笑に近い、でもどこか安堵したような表情。
朱里は、その横顔を見つめる。
“大嫌い”と言わなかったことで、何かが壊れる気がしていた。
でも壊れたのは、沈黙のほうだった。
「正直に言うと」
嵩は天井を見上げる。
考えを整理する癖は、昔から変わらない。
「最初から、嫌いだなんて……信じてなかった」
朱里の胸が、ひくりと鳴る。
「冗談だって、照れ隠しだって、分かってた。
……分かってた、つもりだった」
嵩は朱里を見る。
真っ直ぐだが、責める目ではない。
「でも、信じ続けるのって……結構、怖い」
その一言で、朱里は悟った。
彼もまた、守っていたのだと。
「嫌われてないって信じるのは、
裏切られたときに、全部自分が傷つくから」
嵩は、そこで言葉を切った。
「だから俺は……途中から、
“本気で嫌われてる”って思うほうを選んだ」
朱里は何も言えなかった。
それは、責められているのとは違った。
同じ臆病さを、違う形で抱えていた。
ただそれだけのこと。
「転勤の話も」
嵩は続ける。
「一人で決めようとしてた。
朱里に何か言われる前に、終わらせたかった」
視線が交わる。
「でも、さっきの言葉で……やめた」
朱里の心臓が、強く脈打つ。
「行くか、行かないかは……まだ分からない。
でも、少なくとも──」
嵩は一歩、近づいた。
それ以上は来ない。
「終わらせるつもりは、ない」
触れない距離。
でも、逃げない距離。
「重い話だって言ったけどさ」
少し照れたように、嵩は笑う。
「一緒に考える相手がいるなら、
重くても、いいと思った」
朱里の喉が熱くなる。
好き、という言葉は、まだ出てこない。
でも──
「……待っても、いいですか」
朱里は、震えながら言った。
「ちゃんと、選べるようになるまで」
嵩は、すぐに頷かなかった。
でも、否定もしなかった。
「待つよ」
短く、確かに。
「朱里が、選ぶなら」
二人の間に、また静けさが戻る。
けれどそれは、最初とは違う沈黙だった。
言わなかった言葉が、
言えなかった感情が、
確かに──残っている。
「……行きますか」
朱里が言う。
「はい」
並んで歩き出す。
肩は触れない。
でも、同じ方向を向いている。
それだけで、十分だった。