大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

第82話 甘くも苦くも、映画の午後

土曜の午後、朱里はショッピングモールの映画館前でそわそわしていた。
 約束の時間より十五分も早く来てしまい、行き交う人の流れの中で何度もスマホを確認する。
 「落ち着け、社会人として落ち着け……」
 呟いたその瞬間、背後から聞き慣れた声がした。

 「早いな、中谷さん」
 振り向くと、カジュアルなシャツ姿の嵩が立っていた。
 いつもより少しラフで、それが妙に新鮮だった。
 「べ、別に。たまたまです」
 強がる自分の声が、少し上ずって聞こえる。

 映画が始まるまで時間があり、二人はカフェに入った。
 席に向かい合って座ると、距離が近すぎて落ち着かない。
 コーヒーの香りがやけに強く感じられ、朱里は無意味にストローを回した。

 「今日は仕事のこと、忘れような」
 嵩の何気ない言葉に、朱里の胸がくすぐったくなる。
 「……忘れられるわけないじゃないですか」
 反射的に突っぱねながらも、心の奥では——
 (ほんとは、ちょっとだけ嬉しい)

 上映時間が近づき、暗い館内に入る。
 肩が並ぶ距離。
 手が触れそうなひじ掛け。
 スクリーンに光が満ちても、朱里の視線は何度も隣に吸い寄せられた。

 途中、嵩が笑う。
 その低い声が、映画の音楽よりも胸に響く。
 (やめて……そんな顔で笑わないで。集中できない……)
 頭の中で何度も叫ぶけれど、顔は真っ赤で、心臓はとっくに限界を超えていた。

 上映後、館内の照明が戻る。
 朱里は無理に平静を装いながら言った。
 「まぁまぁでしたね」
 「俺はけっこう好きだったけどな。ラスト、意外だった」
 「へぇ……そうですか」
 視線を合わせないように返す朱里の頬は、まだほんのり赤い。

 エスカレーターで並んで降りるとき、嵩がふと口を開いた。
 「また行こう。……次は、俺じゃなくて中谷さんが選んで」
 「……考えときます」
 そう答えながら、朱里の心の中では、すでに次のデートのタイトル候補が並んでいた。
 “甘くも苦くも、あなたと映画の午後”。
 けれど口には出さない。
 代わりに、小さくつぶやく。

 「……大嫌い」
 照れ隠しの呪文は、また今日も役に立った。
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