鏡面世界でペットを飼う話
第4話 笑顔の転校生
今日はちょっと肌寒い。学校の校門をくぐると木々の葉が地面に落ちていた。その葉が風で舞ったりしていた。
「おはよう」
教室へ入ると、上石が真っ先にあいさつをしてきた。
昨日、派手な服を着ていた上石を思うと、学校の制服姿は地味に見えた。でも、地味なのが上石だよなぁ。本当、そう思う。
「ちょっと来て」
そう言うと、彼女は僕の手をぐいぐいと引っ張り、屋上へと続く階段のところまで連れてきた。そして、階段の横にある窓を開けた。
ぴゅ~~
その瞬間、強い風が吹いてきた。彼女は髪をおさえながら、叫んだ。
「あの建物と建物の間を見てみて!」
あの建物と言われても、よくわからないけど、彼女の指さす方向から推測して建物を特定して、それからその建物の間を見てみた。
!!!
富士山が見える。ちょっと小さいけど。
「昨日見つけたんだ」
この校舎から富士山が見えるなんて、今まで誰も言ってなかったし、僕ももちろん知らない。なぜ転校生の上石が知っているのだろう。視線を下ろすと、解体中の旧校舎があった。
そうか、旧校舎が解体され始めて、今まで見えなかった富士山が見えるようになったんだ。
「学校から見える風景って、とても好き。この学校に来てから、いろんな窓から見ていたんだ。そして偶然発見しました」
二人でしばらく窓の外の富士山を見ていた。
……
キーンコーンカーンコーン
「チャイムが鳴ったね」
「じゃあ、急ぎましょう」
そして、一緒に教室へ急いで走った。
まだ先生は来てないようだ。早く席に着こう。椅子に座ると、何かの視線を感じた。
亜美だった。横目で見ただけだったが、ちゃんと見る勇気はなかった。
授業が終わると、亜美はそそくさと教室を出て行った。
「どうしたの」
上石が横から話しかけた。
「気持ちを伝えないの?」
どういうことだ。それを知っていて、僕に近づいたのか。
「だめだよ。ちゃんと伝えないと。高坂さんは授業中もずっとあなたを見ていたよ」
うん。確かに伝えないと。なんか、上石に乗せられているような気もするけど。しかし、なぜ上石がそんなことをするのか。
「でも、直に言うのは怖いな」
僕がどうしようか迷っていると……
「でも、直に言わないと伝わらないよ」
まあ、そうだよね。その時、ふと鞄から一部が飛び出したスマホが目に入った。
僕はスマホを取り出した。
「そうだ。スマホの鏡アプリのメッセージ機能を使おう。書いたメッセージをペットに送らせよう」
僕的には良い提案だと思ったけど……
「うーん。アプリじゃ、わからないかもしれないよ。でも、鏡アプリでのメッセージがダメだとは言わない」
上石はアプリを使うことは、わりと否定的に思えた。少なくとも肯定はしてない。
しかし、他に方法が思いつかない。僕はスマホでメッセージを書いた。そして、それを僕のペット、つまり猫に渡した。
「にゃ~ん」
ペットの猫はそう鳴きながら、メッセージを運んでいった。人間の言葉もしゃべることができるのに、なんかあざとく感じた。
よく考えてみると、今、送信するということは結果がすぐにわかってしまうって事だ。次の授業が始まる前に分かってしまう。
あと5分もすればわかるだろう。僕はなんとなく変な高揚感を覚えた。同時に怖さも覚えた。
タタタタ……
そろそろチャイムが鳴るって瞬間になって、亜美が駆け足で帰ってきた。
そのまま席に着き、授業が始まった。何事もなく下校時間になり、特に一緒に帰ることもなく、僕は自宅に着いた。
亜美は僕のメッセージを読んだのだろうか。そして、読んでいて、あの反応なのだろうか。反応というか無反応だけど。
スマホの鏡アプリを見ると、ちゃんとペットの猫は帰ってきている。
「にゃーん」
にゃーんじゃないよ、と言いたくなった。
翌日。
足取りは重いけど、学校へは行かないといけない。僕は校門をくぐり、教室へ入っていった。
「おはよう」
「おはよう」
亜美の返事もいつもと変わらない。
授業中も僕はそわそわとしていたが、亜美のほうは普通にしていた。僕が見た限りでは。
そして、午前の授業が終わりチャイムが鳴り、お昼休みとなった。
「お昼、食べよう!」
亜美が話しかけてきた。上石のほうを見ると教室を出ていくところだった。一人で食堂へ行ったのだろうか。
まあ、とりあえず亜美とお昼を食べることになった。
「ん? なに?」
「いや。なんでもないけど」
そのまま、普通の会話をして、お昼も終わった。結局、メッセージを読んだのか、読んでないのか。あるいは読んで、知らんぷりしているのか。結局、それは昨日と同じで全くわからなかった。
そうこうしているうちに午後の授業も終わり、僕はしばらく席でぼ~っとしていた。いつの間にか教室の掃除の当番以外は誰もいなくなっていた。追い出されるように教室を出て、スタスタと歩き、昇降口で靴を履いていると、校庭の花壇に上石の姿が見えた。
上石は花壇の花に来ている蝶々を見ているようだった。
「どうしたの?」
上石が不思議な顔でこっちを見た。いや、いつも不思議そうな顔をしているので、普段の顔と言うべきか。
「いや。亜美の反応が全くなくてね。どうしていいのかよくわからない」
上石は花壇にいる芋虫を見た。蝶々の幼虫だろうか。そして驚いたことに、ひょいっと手でつかんで、花壇にある花の葉に乗せた。
「アプリにはバグがつきもの」
彼女はそう言って、校門のほうへ向かって帰っていった。
どういうことだろう。しばらくその場で考えてみたが、結局何もわからなかった。しかし、芋虫をよく手で捕まえられるな。僕にはできないや。もっと幼いころは平気で触っていたけど、今はどうして触れることができないんだろう。
ずっとここに一人でいてもしょうがないので、僕も校門をくぐり、考え事をしながら帰った。
途中、空を見るとなんだかどんよりしていた。自分の気持ちとリンクしているのだろうか。
自宅に着き、いつものように鍵を取り出し、ドアを開ける。静かな廊下をスタスタと歩き、そしてトントンと階段を上って、部屋へ入る。
椅子に座り、腕を組んで目をつむって、改めて考える。
……
カタッ
うん? なにか後ろから物音がしたような気がした。
「きたよ~」
真後ろに亜美がいた。
「いや。今日はちゃんと玄関のドアのカギを閉めたはずだぞ」
「一階の居間の窓が開いていたよ」
玄関のドアの鍵がかかっていたのに、部屋の窓が開いていたのか。うちの親も平和ボケだな。この街で良かった。
窓って言っても、扉ぐらいの大きさだから、亜美はおそらく普通に入ってきたんだろう。泥棒が侵入するような小さな窓ではない。いや、泥棒なら、小さい窓だろうが、大きい窓だろうが入ってくるか。なにしろ泥棒だし。
「あの鏡のアプリって、部屋に置物を設置することができるんだよね。テーブルとか棚はもちろん、人形やぬいぐるみのようなもののできるみたい。っで、どの置物が良い? 設置はあたしの部屋になるけど」
いつもの会話である。あの頑張って告白したメッセージはどうなったんだろう。とりあえず、今はそれは考えないで会話を進める。
「いやぁ。何でもいいんじゃない。この白いテーブルなんかどう」
「もっと真剣に考えてよ。今、わりと適当に選んだよね」
えっ、なんでバレたんだろうって思ったけど、自分のセリフを思い返してみたら、バレて当然だった。
「うーん。この濃い緑と淡い緑の市松模様っぽい棚が良いんじゃない?」
今度はちょっと気になったものを選んでみた。
「そっかー。あんたがそう言うなら、買ってみるよ。アプリの位置設定は自分の部屋になっているから、ここじゃ見られないけど」
僕のところの鏡アプリも殺風景だから、なにか置物が欲しいな。殺風景って言っても、自分の部屋が映っているわけだけど。
「ん? あんたのところにも置物が欲しいのね。私が選んであげる」
そう言って、僕のスマホを取り上げた。
しばらく、僕のスマホを睨んだままになった末。
「これね!」
亜美の指を指した先を見ると、時計だった。まあ、置時計だから確かに置物ではあるけど。
そう考えているうちに、亜美が時計のアイコンをタッチして購入していた。白い置き時計だった。
「せっかく選んだんだから、ずっと置いておいてよ」
確かに選んでくれたのは亜美である。ただし、僕の購入ポイントが減っているが。
「じゃあ。帰るね!」
「うん」
結局、いつも通りの行動をしていただけで、したがって気持ちを伝えたメッセージの事はわからなかった。
「おはよう」
教室へ入ると、上石が真っ先にあいさつをしてきた。
昨日、派手な服を着ていた上石を思うと、学校の制服姿は地味に見えた。でも、地味なのが上石だよなぁ。本当、そう思う。
「ちょっと来て」
そう言うと、彼女は僕の手をぐいぐいと引っ張り、屋上へと続く階段のところまで連れてきた。そして、階段の横にある窓を開けた。
ぴゅ~~
その瞬間、強い風が吹いてきた。彼女は髪をおさえながら、叫んだ。
「あの建物と建物の間を見てみて!」
あの建物と言われても、よくわからないけど、彼女の指さす方向から推測して建物を特定して、それからその建物の間を見てみた。
!!!
富士山が見える。ちょっと小さいけど。
「昨日見つけたんだ」
この校舎から富士山が見えるなんて、今まで誰も言ってなかったし、僕ももちろん知らない。なぜ転校生の上石が知っているのだろう。視線を下ろすと、解体中の旧校舎があった。
そうか、旧校舎が解体され始めて、今まで見えなかった富士山が見えるようになったんだ。
「学校から見える風景って、とても好き。この学校に来てから、いろんな窓から見ていたんだ。そして偶然発見しました」
二人でしばらく窓の外の富士山を見ていた。
……
キーンコーンカーンコーン
「チャイムが鳴ったね」
「じゃあ、急ぎましょう」
そして、一緒に教室へ急いで走った。
まだ先生は来てないようだ。早く席に着こう。椅子に座ると、何かの視線を感じた。
亜美だった。横目で見ただけだったが、ちゃんと見る勇気はなかった。
授業が終わると、亜美はそそくさと教室を出て行った。
「どうしたの」
上石が横から話しかけた。
「気持ちを伝えないの?」
どういうことだ。それを知っていて、僕に近づいたのか。
「だめだよ。ちゃんと伝えないと。高坂さんは授業中もずっとあなたを見ていたよ」
うん。確かに伝えないと。なんか、上石に乗せられているような気もするけど。しかし、なぜ上石がそんなことをするのか。
「でも、直に言うのは怖いな」
僕がどうしようか迷っていると……
「でも、直に言わないと伝わらないよ」
まあ、そうだよね。その時、ふと鞄から一部が飛び出したスマホが目に入った。
僕はスマホを取り出した。
「そうだ。スマホの鏡アプリのメッセージ機能を使おう。書いたメッセージをペットに送らせよう」
僕的には良い提案だと思ったけど……
「うーん。アプリじゃ、わからないかもしれないよ。でも、鏡アプリでのメッセージがダメだとは言わない」
上石はアプリを使うことは、わりと否定的に思えた。少なくとも肯定はしてない。
しかし、他に方法が思いつかない。僕はスマホでメッセージを書いた。そして、それを僕のペット、つまり猫に渡した。
「にゃ~ん」
ペットの猫はそう鳴きながら、メッセージを運んでいった。人間の言葉もしゃべることができるのに、なんかあざとく感じた。
よく考えてみると、今、送信するということは結果がすぐにわかってしまうって事だ。次の授業が始まる前に分かってしまう。
あと5分もすればわかるだろう。僕はなんとなく変な高揚感を覚えた。同時に怖さも覚えた。
タタタタ……
そろそろチャイムが鳴るって瞬間になって、亜美が駆け足で帰ってきた。
そのまま席に着き、授業が始まった。何事もなく下校時間になり、特に一緒に帰ることもなく、僕は自宅に着いた。
亜美は僕のメッセージを読んだのだろうか。そして、読んでいて、あの反応なのだろうか。反応というか無反応だけど。
スマホの鏡アプリを見ると、ちゃんとペットの猫は帰ってきている。
「にゃーん」
にゃーんじゃないよ、と言いたくなった。
翌日。
足取りは重いけど、学校へは行かないといけない。僕は校門をくぐり、教室へ入っていった。
「おはよう」
「おはよう」
亜美の返事もいつもと変わらない。
授業中も僕はそわそわとしていたが、亜美のほうは普通にしていた。僕が見た限りでは。
そして、午前の授業が終わりチャイムが鳴り、お昼休みとなった。
「お昼、食べよう!」
亜美が話しかけてきた。上石のほうを見ると教室を出ていくところだった。一人で食堂へ行ったのだろうか。
まあ、とりあえず亜美とお昼を食べることになった。
「ん? なに?」
「いや。なんでもないけど」
そのまま、普通の会話をして、お昼も終わった。結局、メッセージを読んだのか、読んでないのか。あるいは読んで、知らんぷりしているのか。結局、それは昨日と同じで全くわからなかった。
そうこうしているうちに午後の授業も終わり、僕はしばらく席でぼ~っとしていた。いつの間にか教室の掃除の当番以外は誰もいなくなっていた。追い出されるように教室を出て、スタスタと歩き、昇降口で靴を履いていると、校庭の花壇に上石の姿が見えた。
上石は花壇の花に来ている蝶々を見ているようだった。
「どうしたの?」
上石が不思議な顔でこっちを見た。いや、いつも不思議そうな顔をしているので、普段の顔と言うべきか。
「いや。亜美の反応が全くなくてね。どうしていいのかよくわからない」
上石は花壇にいる芋虫を見た。蝶々の幼虫だろうか。そして驚いたことに、ひょいっと手でつかんで、花壇にある花の葉に乗せた。
「アプリにはバグがつきもの」
彼女はそう言って、校門のほうへ向かって帰っていった。
どういうことだろう。しばらくその場で考えてみたが、結局何もわからなかった。しかし、芋虫をよく手で捕まえられるな。僕にはできないや。もっと幼いころは平気で触っていたけど、今はどうして触れることができないんだろう。
ずっとここに一人でいてもしょうがないので、僕も校門をくぐり、考え事をしながら帰った。
途中、空を見るとなんだかどんよりしていた。自分の気持ちとリンクしているのだろうか。
自宅に着き、いつものように鍵を取り出し、ドアを開ける。静かな廊下をスタスタと歩き、そしてトントンと階段を上って、部屋へ入る。
椅子に座り、腕を組んで目をつむって、改めて考える。
……
カタッ
うん? なにか後ろから物音がしたような気がした。
「きたよ~」
真後ろに亜美がいた。
「いや。今日はちゃんと玄関のドアのカギを閉めたはずだぞ」
「一階の居間の窓が開いていたよ」
玄関のドアの鍵がかかっていたのに、部屋の窓が開いていたのか。うちの親も平和ボケだな。この街で良かった。
窓って言っても、扉ぐらいの大きさだから、亜美はおそらく普通に入ってきたんだろう。泥棒が侵入するような小さな窓ではない。いや、泥棒なら、小さい窓だろうが、大きい窓だろうが入ってくるか。なにしろ泥棒だし。
「あの鏡のアプリって、部屋に置物を設置することができるんだよね。テーブルとか棚はもちろん、人形やぬいぐるみのようなもののできるみたい。っで、どの置物が良い? 設置はあたしの部屋になるけど」
いつもの会話である。あの頑張って告白したメッセージはどうなったんだろう。とりあえず、今はそれは考えないで会話を進める。
「いやぁ。何でもいいんじゃない。この白いテーブルなんかどう」
「もっと真剣に考えてよ。今、わりと適当に選んだよね」
えっ、なんでバレたんだろうって思ったけど、自分のセリフを思い返してみたら、バレて当然だった。
「うーん。この濃い緑と淡い緑の市松模様っぽい棚が良いんじゃない?」
今度はちょっと気になったものを選んでみた。
「そっかー。あんたがそう言うなら、買ってみるよ。アプリの位置設定は自分の部屋になっているから、ここじゃ見られないけど」
僕のところの鏡アプリも殺風景だから、なにか置物が欲しいな。殺風景って言っても、自分の部屋が映っているわけだけど。
「ん? あんたのところにも置物が欲しいのね。私が選んであげる」
そう言って、僕のスマホを取り上げた。
しばらく、僕のスマホを睨んだままになった末。
「これね!」
亜美の指を指した先を見ると、時計だった。まあ、置時計だから確かに置物ではあるけど。
そう考えているうちに、亜美が時計のアイコンをタッチして購入していた。白い置き時計だった。
「せっかく選んだんだから、ずっと置いておいてよ」
確かに選んでくれたのは亜美である。ただし、僕の購入ポイントが減っているが。
「じゃあ。帰るね!」
「うん」
結局、いつも通りの行動をしていただけで、したがって気持ちを伝えたメッセージの事はわからなかった。