不幸を呼ぶ男 Case.2

【数ヶ月後・東京地方裁判所】

法廷は
息苦しいほどの静寂に包まれていた
傍聴席は、前回と同じく満員だった
だが、その空気は全く違う
前回が、女帝の断罪を見届ける「祭り」だったとすれば
今回は、ただ、一人の人間の魂がどう裁かれるのかを見つめる
厳粛な儀式のようだった
傍聴席の一番後ろ
明日香は、静かに座っていた
その隣には
いつの間にか、石松がいた
彼は、もう、刑事の顔をしていなかった
ただ、この物語の結末を見届ける、一人の男として
そこにいた
やがて
法廷の扉が開き
被告人が、入廷する
桐生院琉星
その姿に、かつての傲慢な王様の面影は、どこにもなかった
高価なスーツは、安っぽいスウェットに変わり
その体は、怯えた小動物のように、小さく震えている
母親である彩音の裁判を、彼は塀の中で知ったのだ
自分を守っていた、絶対的な壁が、もうどこにもないことを
彼は、生まれて初めて、理解したのだ
検察官が、静かに、しかし、力強く、論告を始めた
琉星の部屋から発見された、微量のMDMA
石松たちが、権力に屈する前に掴んでいた、数々の状況証拠
そして、何よりも決定的だったのは
明日香が、命がけで世間に公表した
TikTok上に残る、琉星の、粘着質で、歪んだ愛情表現の数々だった
検察官は語る
被告人が、いかにして、一人のうら若き女性に執着し
その心を支配しようとし
そして、その結果、彼女を死に至らしめたのか
その、あまりにも身勝手で、あまりにも幼稚な、罪の全てを
やがて、琉星が、証言台に立った
弁護士からの質問に、彼は、ただ、か細い声で答えるだけだった
「覚えていません」
「分かりません」と
だが、検察官からの反対尋問が始まった、その時だった
一枚の写真が、証拠として、彼の目の前に突きつけられた
それは、妹の未香が、生前、最後に投稿した
屈託のない、笑顔の写真だった
それを見た瞬間
琉星の、心のダムが、完全に決壊した
琉星:「ごめんなさい……ごめんなさい……」
彼は、子供のように、泣きじゃくり始めた
琉星:「ママが……ママが、いつも、何でもしてくれるって言ったから…」
琉星:「響が……響だけが、手に入らなかったから…」
琉星:「……未香ちゃんは、悪くないんだ……俺が……俺が、全部……」
それは、謝罪ではなかった
ただ、自分を守ってくれる存在を失った、三十路の赤ん坊の
無様な、自己弁護だった
明日香は
その光景を
ただ、無表情で、見つめていた
彼女の瞳に、憐れみの色は、ない
怒りも、憎しみも、ない
ただ、底なしの「虚無」だけが
そこにはあった
妹の命を奪った男の、魂の正体
それは、ただの、空っぽの、甘やかされただけの、子供だったのだと
彼女は、その目で、確かに、確認した
裁判長が、判決を言い渡す
裁判長:「主文」
裁判長:「被告人、桐生院琉星を、懲役十五年に処する」
その、あまりにも重い判決に
琉星は、顔を上げることができなかった
刑務官に両脇を抱えられ
法廷から、連れ出されていく
その、最後の瞬間
琉星の、涙でぐしゃぐしゃになった顔が
傍聴席にいる、明日香の姿を捉えた
彼は、何かを言おうとした
「助けて」と、言おうとしたのかもしれない
だが
明日香は、彼から、すっと目を逸らした
まるで、道端の石ころでも見るかのように
何の感情も示さずに
その、絶対的な「無関心」こそが
彼が、生まれて初めて、他者から受けた
本当の「罰」だった
明日香は
静かに、席を立った
そして
隣に座る石松に、一度だけ、小さく会釈すると
誰にも気づかれることなく
その、重苦しい法廷を
後にした
外に出ると
突き抜けるような、青空が広がっていた
柔らかい、秋の光が
彼女の頬を、優しく撫でる
彼女は
一度だけ、空を見上げた
そして
涙を流すでもなく
ただ、ほんの少しだけ、微笑んだ
妹、未香の魂が
ようやく、安らかに眠れるのだと
そう、感じたから
明日香は
もう、振り返らなかった
自らの、新しい人生を歩むために
光の差す、未来へと
ただ、まっすぐに
歩き出した

『不幸を呼ぶ男 Case.2』



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