温厚専務の秘密 甘く強引な溺愛
食事を終え、箸を置いた佐々木がふっと笑った。
「波瑠、まだ時間あるか? もう少し飲まないか?」

「うん、いいよ」
自然に返事をしながら、久しぶりの再会が楽しくて胸が温かくなる。

「じゃあ……俺が泊まってるホテルにバーがあるんだ。どうだ?」
「ホテルのバー? いいね、そうしよう」

軽やかに答えた波瑠だったが、心のどこかで妙な胸騒ぎがした。
そのホテルのバー。
あの場所は、圭吾と初めて出会った、特別な場所だった。

テーブルに勘定が置かれ、二人は店を後にする。
夜の街に灯る明かりがきらめき、足取りは軽やかだったが、波瑠の胸の奥には微かなざわめきが広がっていた。



重厚な扉を開けてバーに入ると、シックな照明とピアノの音色が二人を包み込んだ。
「いい雰囲気だろ?」と佐々木が嬉しそうに言い、波瑠も微笑みを返す。

「ここ、私も好きなのよ」
そう言って、バーカウンターのスツールに腰をかけた。

「NYの暮らしも慣れたけど、やっぱり日本の味と空気はいいな」
「わかるわ。海外に出ると、ちょっとした当たり前のことが恋しくなるのよね」

二人の会話は穏やかで、自然に笑みが交わされる。

バーテンダーが差し出すメニューを受け取った瞬間、波瑠ははっとして彼の顔を見た。
あの夜。酔い潰れた自分に、水を差し出してくれたのも、この人だった。
そして、その時に圭吾と初めて出会ったのだ。

「……あのときは、お世話になりました」
小さく頭を下げる波瑠に、バーテンダーは目を細めて「またお越しいただけて光栄です」と穏やかに応じる。

佐々木は首を傾げるが、深くは尋ねず、メニューに視線を戻した。
二人のやり取りを見守るように、静かなピアノの旋律が流れていく。

その頃、奥のソファ席では。
圭吾が友人とグラスを傾けていた。
談笑する合間にふと視線を巡らせ、入口近くのバーカウンターに並ぶ二人を見つける。

一瞬、友人の声が耳に入らなくなる。
表情には出さない。けれど、グラスを持つ指先にだけ、わずかな力がこもった。

「あ、これ。典子から預かってきた」
佐々木がカバンから小さな箱を取り出した。

「えー、なに?わくわくするんだけど」
目を輝かせる波瑠に、佐々木は笑って促す。
「開けてみて」

「うん……わぁ、素敵なスカーフ!」
波瑠は歓声を上げ、指先でそっと触れたあと、嬉しそうに首元に巻き付けた。

「ありがとう。これ……すごく高いんじゃない?」
「誕生日とクリスマスプレゼント込みだってさ」

「そうなんだ……」頬を染め、鏡代わりにグラスに映して首元を直す波瑠。

「ちょっと待て。写真を撮って典子に送るから」
佐々木はスマホを取り出し、波瑠の笑顔をカメラに収めた。

その様子を、奥のソファ席から圭吾が見ていた。
友人と笑い合いながらも、視線はどうしても彼女に引き寄せられる。
グラスの氷がカランと鳴るたび、心の奥でざらりとした感情が広がっていく。
首元に揺れるスカーフが、波瑠をいつも以上に華やかに見せていた。
その輝きが、胸の奥に言葉にできない渇望を生み出す。
欲しい…ただそれだけが、圭吾の心を締めつけていた。

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