俺の先輩自称殿−本当のお名前なんですか?‐
1.
「バナナ……おい、バナナ」

テノールの艶やかな声が、惰眠を貪る俺の耳をさっきから柔らかく擽っている。
出来ることなら、このまま朝まで寝かせて欲しい。俺は、三度の飯と昼寝が大好きなのだ。

っつか、バナナって何さ。
俺が太ってるからって、バナナ食わしときゃ機嫌が良くなると思ってるだろ、お前。

「……あ!殿っ」

俺はそこで夢から覚めた。
目の前には、綺麗な顔の男が真剣に俺に向かって怒っていた。
それにしても、いまどきそんなフィギュアスケートの選手しか着ないような衣装に薔薇の茎を銜えてモデル立ちするなんて、ちょっとナンセンスにもほどがあると思う。

「おまえなぁ、いくらなんでも撮影中に寝るヤツがあるかっ」

「す、すみません、殿」

まぁナンセンスと言えば、自分のことを『殿』と呼ばせる時点で確定って話もあるが……。

ここはとある私立高校の写真部の部室の一つ。
二階の階段の踊り場の奥にある、通称撮影所。この撮影所の中には、ちょっとしたジム並みの筋トレ器具も備わっている。写真部顧問の教師が言うには、モデルはいつも筋トレしてその体型を維持する義務があるそうだ。が、俺が思うにそりゃ嘘だ。あのマッチョな顧問、自分の趣味で部費を流用して筋トレ器具を買い揃えたに違いない。もっとも、俺は撮影する側だから、そんな筋トレ、全く関係ないけれど。

ちなみにこの部屋の真下が写真部の基地。つまり、撮った写真を現像する装置が備わっている部室となるわけだ。
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