雨の日、君に恋をした

第18話 優しさに包まれて


まぶたの裏に、柔らかな光が差し込んでくる。
ゆっくりと目を開けると、知らない天井が広がっていた。

一瞬どこにいるのかわからなくて、胸がきゅっと締めつけられる。
けれど、すぐに気づいた。
――ベッドの上だ。温かい布団に包まれている。

昨夜のことが少しずつ蘇ってきて、胸が熱くなる。
……晴人が、ここまで運んでくれたんだ。

視線を横に向けると、ベッドのすぐそばに彼がいた。
手を繋いだまま、椅子に腰掛けて、静かに眠っている。
額にかかる前髪がわずかに揺れて、寝息は規則正しく穏やかだった。

その姿に、思わず胸がじんとする。
――私のことを守ろうとして、ずっと起きていてくれたんだろうか。
無理をさせてしまったことが切なくて、でも同時にどうしようもなく嬉しかった。

指先に伝わるぬくもりを確かめるように、ぎゅっと握り返す。
ほんの少し眉を動かしたけれど、彼はまだ眠っていた。

「……ありがとう」
小さな声で呟いたその言葉は、彼に届いたのかどうかわからない。

でも、繋いだ手の温かさが教えてくれていた。
――今は、もう一人じゃない。

差し込む朝の光が、少しずつ部屋を照らしていく。
その中で、ひなはただ静かに、晴人の寝顔を見つめ続けた。

やがて、彼がゆっくりと目を開けた。
「……起こしちゃった?」
そう問いかけると、晴人は小さく首を振って、繋いだ手に力を込める。

「眠れた?」
その問いかけが優しくて、涙が込み上げそうになる。

「‥‥‥うん。ありがとう。ベッドまで運んでくれたの?」

彼は少し照れたように目を逸らして、短く答えた。
「‥‥ああ。重かったけどな」

からかうような言い方なのに、耳まで赤く染まっている。
その仕草に、頬が熱くなるのを止められなかった。そうしている間に、胸の奥に溜め込んでいたものを隠せなくなっていた。

伝えなければ――。

「晴人‥‥私にはね、別れてから、支えてくれた人がいるの」
視線を落としながら、必死に言葉を繋ぐ。

「優しくて、温かくて、私を真っ直ぐ見てくれる人‥‥でも、結局、壊れてしまった。ちゃんと笑えなくなって‥‥自分がわからなくなって‥‥」

言葉を絞り出すたびに、胸が痛む。
晴人は黙って聞いていた。
だから、余計に涙がこぼれそうになった。

「‥‥だからね。彼とは、一度ちゃんと向き合わなきゃいけないって思ってる」
声が震えていた。怖かった。でも、逃げたくなかった。

晴人が小さく息を吐くのが聞こえた。
ひなは恐る恐る顔を上げる。

そこにあったのは、怒りでも拒絶でもなく、深い哀しみと優しさが入り混じったような眼差しだった。

「‥‥そうだな」

晴人はゆっくりと頷き、ひとつひとつ、自分の気持ちを確かめるように話し始めた。

「こんなこと言う資格、俺にはないのかもしれないけど……」
晴人は視線を落とし、ひなの手を強く握った。

「ひなが俺を呼んでくれるなら、俺はいつでも駆けつける。……いつでも、頼って欲しいと思ってる」

その声に、ひなの胸がぎゅっと締めつけられた。
込み上げるものを堪えようと瞬きをするが、視界はすぐに滲んでしまう。

「この家に戻ってきていいから」
晴人は少し顔を上げ、真っ直ぐにひなを見つめていた。

「好きなだけ居てくれていいから。俺がいつでも、ひなの居場所になるよ」

部屋には朝の光が差し込み、二人をやわらかく包んでいた。
その穏やかさに反して、胸の鼓動は早鐘のように高鳴っている。

「好きだ」

低く震える声に、ひなは思わず息を呑んだ。
言葉が喉に詰まって、返事ができない。

「……俺のことは、全部片付いてからでいい。けど……ひなの隣にいたいんだ」

ひなの瞳から、ついに涙が一粒こぼれ落ちた。

悠真のことを悪く言うわけでもなく、ただ私の気持ちを受けとめてくれる晴人。
その優しさに、胸がぎゅっと締めつけられる。

「……彼のこと、何も言わないんだね」
思わず口にした私に、晴人はただ静かに微笑んだ。
責めることも、否定することもなく、ただ私の気持ちに寄り添おうとしてくれる。

――あぁ、やっぱり。
この優しさに、私は恋をしたんだ。
何年経っても変わらない。
やっぱり、私が好きになった人だ。
< 19 / 27 >

この作品をシェア

pagetop