雨の日、君に恋をした

第5話 最後の花火


夜空が徐々に暗く染まる中、私たちは川沿いの広場に到着した。
足元にはひらひらと落ちる光の紙吹雪のように、屋台の明かりが揺れる。

「きれい……!」
私が声を上げると、晴人はそっと手を握り返した。

二人並んで座る。
私は肩を寄せて、胸の奥が高鳴るのを感じた。
手のひらの温もりが、心まで伝わる。

「ひな、今日の浴衣、本当に似合ってる」
彼の声に胸がぎゅっと熱くなる。
「……ありがとう」
目を合わせると、晴人の瞳が少し揺れているように見えた。

「……晴人、なんだか少し寂しそう?」
ふと、そう感じた。思わず声をかけると、彼はふっと微笑んで首を振った。
「いや、何でもないよ」

胸の奥がざわざわとするけれど、私はその意味を考えないようにしていた。気付きたくなかったのかもしれない。

手を握り、屋台の光に照らされながら笑う。
綿菓子の甘い香り、ラムネの瓶を手にした彼の笑顔、ふわりと揺れる浴衣の裾。
そのすべてが、胸の奥で小さく跳ねて、幸せがじんわりと広がる。

「わぁ‥‥‥花火!」
夜空に最初の花火が咲く。赤や青、金色の光が広がり、遠くで歓声が響く。
その瞬間、彼の視線は花火ではなく、私をじっと見つめていることに気づく。
笑顔で目が合う。でも、どこか切なげで、胸の奥がぎゅっと痛む。

「……ひな」
彼の声が夜風にのって耳に届く。
「ん?何か言った?」
それは突然で、予想なんてできなかった。

「今日、楽しく過ごして……それで終わりにしようと思っていた」
私は胸の奥がしゅんと縮むのを感じた。

「別れよう」

その言葉に、世界が一瞬止まった。

「え……? なんで……?」

晴人は一度だけ私に視線を向け、決心したように小さく息を吐く。

「好きな人ができたんだ」
その言葉に、世界が一瞬止まったように感じた。

「そんなの……嘘だよ!」
思わず声が震える。涙が頬を伝い、心が張り裂けそうになる。
「私の嫌なところがあれば治すから……!別れるなんて嫌だよ」

手を握る力を強め、必死に彼を見つめる。

そんな眼差しから逃げるように、晴人は少し俯いた。
握った手は、微かに震えていた。
花火の光が私たちを照らす中で、彼の切ない表情が一層胸に刺さる。

「もう無理なんだ」
そんな言葉が、私の胸に痛く刺さった。

「無理って、どういうこと?‥‥‥私、どんなことでも頑張るよ。晴人と一緒がいいよ」
涙で声が震える。花火の光がまぶしかった。
でも、心の奥は真っ暗だ。

彼の目には、私との思い出すべてが映っているようだった。
屋台で笑った顔、指を絡めた手、ラムネの瓶を渡したあの瞬間……全部を思い出す。
花火よりも、胸を締め付けるのは、あの小さな幸せの記憶だ。

「‥‥‥ごめん、ひな」
やっと出たその言葉に、涙が止まらなくなる。
手の温もりを感じながらも、心の奥はざわざわと引き裂かれ、花火の光の中で揺れていた。

空に咲く光の爆発、歓声、屋台の明かり――すべてがいつもと変わらずに輝いているのに、私だけが取り残されたような気がした。

手を握る指先が冷たく感じる。
この瞬間ですら大切に思えた。瞬きするのも惜しいと感じる。彼といる時間を胸に刻んでおきたかった。

「ひな……」
こんな時なのに、彼は私を優しく抱きしめる。

最後だなんて、信じられない。彼から別れを告げられたのに、なんで?

「どうして晴人が泣いているのよ‥‥‥」

彼が1番苦しそうに見えた。
その理由は、いくら考えてもわからなくて‥‥

でもこれで、私たちは終わりなんだと悟った。

最後に彼の顔を目に焼き付けたかった。
目を向けると、彼は切ない笑顔で私を見つめていた。
花火じゃなく、私を。

世界が光に満ちていても、心は痛くて泣きたくて、でもそれでも――この瞬間この温もりを、彼が隣にいる幸せを抱きしめたいと思った。
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