アルパラナ城外のならず者
第7話
「いや。ぜひ彼とも話がしたいな。どこか場所を移せないか?」
この狭い家の中で、どこに移動するというのだろう。
ホセのことを聞いたとたん、明らかに上機嫌となったセリオに、わずかな戸惑いを感じている。
「だったら、外……とか?」
「外? 外って?」
「すぐそこの、裏庭のテーブルとか……」
「あー」
セリオは少し考えてから、壁を指差した。
「この向こうに、何か部屋はないのか?」
「部屋? この壁の向こうは、お店よ」
「そこでいい」
セリオは当然だといった雰囲気で、店じまいした店内に案内されるのを待っている。
私は仕方なくトリノに許可を取った。
「どうぞ」
扉を開けると、真っ先にセリオが中に入ってゆく。
「クソッ。仕方ねぇな。俺も一緒に行くよ」
エンリケが渋々と重い腰を上げ、ホセも杖をつきながらそれに従った。
ランプの灯りを点すと、私たちは窓際の小さなテーブルに腰かける。
「ねぇ、セリオ。今日は一人で来たの? 前に一緒だった二人は?」
「あぁ、外で待たせてある」
「そうなんだ」
その答えに、エンリケはムッと表情を歪めた。
「随分と感じ悪りぃな、セリオ。アンタ、フィローネとはどこで知り合ったんだ?」
「彼女とはジュルの……」
「ちょっと待った! セリオ、その話はまた後で私からしておくから!」
エンリケやトリノに余計なことがバレたら、後で絶対に怒られる!
「ね、セリオは、お父さんのことを聞きにきたのよね? ちゃんとサムエル先生に聞いておいたから」
「え? あぁ、そうだったかな。本当に? うん。助かるよフィローネ」
「サムエル先生? そんなところに、フィローネがわざわざ行かされたのか?」
詰め寄るエンリケに、先回りしてサラリと答えておく。
「配達のついでに寄ったのよ」
小さなテーブルに四人の肘がぶつかるほど身を寄せ合いながら、私はセリオの碧い目を見上げた。
「先生は、やっぱりベルナト王は病死だって言ってた。ルーランの過剰摂取の症状には似ているけど、それと断定するのは難しいって」
「そう」
「ごめんなさい。力になれなくて」
「いや、いいんだ」
特に新しい情報はなかったからか、それとも最初から私の返答に期待がなかったのか、セリオはあっさりと話題を変えた。
「ホセ。キミはリッキー商会で倉庫番をしていたの?」
「え? あぁ、うん」
初対面のホセに、セリオは興味津々だ。
そんな彼に、エンリケはひどく警戒している。
「なんだよ。ホセがリッキー商会の倉庫番だったからって、なんだ?」
「面白い噂を耳にしたんだ。今日はそれを伝えたくてここに来た」
セリオは真っ直ぐにホセの目を見ると、白く繊細な指を顔の前に組んだ。
「リッキー商会にかけられた疑惑は、虚偽のものだ。誰かが仕組んで、キミたちを陥れた。相手に心当たりは?」
突然のことに、ホセはポカンと口を開けたまま、ただセリオを見ている。
「驚くのも無理はない。ホセが気づかないのも当然だ。ただ、そうと分かっても、疑惑を晴らすのは難しいだろう。なぜならアシオスの守護隊長であるドモーアが、そう判断したからだ。お前たちに、ドモーアと戦うつもりがあるなら俺が協力しよう。絶対に勝たせてやる」
セリオの強い言葉に、私たちは互いの目を合わせる。
エンリケが深く息を吐き出した。
「お前がどこの誰だか知らないが、随分とデカい口を叩くんだな。相手に心当たりだって? もしそんな奴がいるとしたら、倉庫に入り込んだネズミだ。分かったら、とっとと帰れ」
「ちょっと待って。リッキーの倉庫は、そんないい加減な管理態勢じゃなかったはずよ。ホセ、そうでしょ?」
「そうだよ。フィローネの言う通り、実際俺は倉庫で一度もネズミを見たことはないし、床下も倉庫の外壁にも、穴なんてなかった。ネズミの姿を見かけた時には、皆で徹底的に探して処分してたんだ」
「ホセは倉庫番だったんだよな」
セリオの碧い目が、好奇心いっぱいでホセを見つめる。
「キミが望むなら、いくらでも協力しよう。どうする?」
突然の提案に動揺したホセは返事が出来ない。
助けを求められたエンリケが代わりに噛みついた。
「おい。お前、ケンカに絶対勝つ方法ってヤツを知ってるか?」
「ほう。知らないな。どうすればいいんだ。是非教えてくれ」
「勝てるケンカだけを選んでやるんだ。最初っから負けると分かってる相手とは、ケンカしない」
「はは。ずいぶん消極的なコツだな。それじゃあ、ケンカのしようがないじゃないか。それでも勝ちたい時は、どうすればいい?」
セリオの言葉に、エンリケはゆっくりと答える。
「そんなものはない。正面切って死ぬ覚悟を決めるか、降参して服従するかだ」
「殺されてもいいと?」
「最後に生き残った奴が勝つんだよ。『服従』は『敗北』じゃない」
セリオの目が、じっとエンリケを見つめる。
「服従は敗北じゃない? だとしたらなんだ」
「それも最後に勝つために選んだ道なら、戦略だってこと。本当に負けたくないなら、『負け』をわざわざ選びに行く必要ないだろ」
「……。だとしたら、負けはなくても、勝ちはないな」
「バーカ。そうやって勝ち目が来るまでチャンスをうかがってんだよ。勝つためにだったら、何でもやる。どんな卑怯な手段でも、ズルくてもやる。それが出来ない奴に、一生勝てる日なんて来ない」
この狭い家の中で、どこに移動するというのだろう。
ホセのことを聞いたとたん、明らかに上機嫌となったセリオに、わずかな戸惑いを感じている。
「だったら、外……とか?」
「外? 外って?」
「すぐそこの、裏庭のテーブルとか……」
「あー」
セリオは少し考えてから、壁を指差した。
「この向こうに、何か部屋はないのか?」
「部屋? この壁の向こうは、お店よ」
「そこでいい」
セリオは当然だといった雰囲気で、店じまいした店内に案内されるのを待っている。
私は仕方なくトリノに許可を取った。
「どうぞ」
扉を開けると、真っ先にセリオが中に入ってゆく。
「クソッ。仕方ねぇな。俺も一緒に行くよ」
エンリケが渋々と重い腰を上げ、ホセも杖をつきながらそれに従った。
ランプの灯りを点すと、私たちは窓際の小さなテーブルに腰かける。
「ねぇ、セリオ。今日は一人で来たの? 前に一緒だった二人は?」
「あぁ、外で待たせてある」
「そうなんだ」
その答えに、エンリケはムッと表情を歪めた。
「随分と感じ悪りぃな、セリオ。アンタ、フィローネとはどこで知り合ったんだ?」
「彼女とはジュルの……」
「ちょっと待った! セリオ、その話はまた後で私からしておくから!」
エンリケやトリノに余計なことがバレたら、後で絶対に怒られる!
「ね、セリオは、お父さんのことを聞きにきたのよね? ちゃんとサムエル先生に聞いておいたから」
「え? あぁ、そうだったかな。本当に? うん。助かるよフィローネ」
「サムエル先生? そんなところに、フィローネがわざわざ行かされたのか?」
詰め寄るエンリケに、先回りしてサラリと答えておく。
「配達のついでに寄ったのよ」
小さなテーブルに四人の肘がぶつかるほど身を寄せ合いながら、私はセリオの碧い目を見上げた。
「先生は、やっぱりベルナト王は病死だって言ってた。ルーランの過剰摂取の症状には似ているけど、それと断定するのは難しいって」
「そう」
「ごめんなさい。力になれなくて」
「いや、いいんだ」
特に新しい情報はなかったからか、それとも最初から私の返答に期待がなかったのか、セリオはあっさりと話題を変えた。
「ホセ。キミはリッキー商会で倉庫番をしていたの?」
「え? あぁ、うん」
初対面のホセに、セリオは興味津々だ。
そんな彼に、エンリケはひどく警戒している。
「なんだよ。ホセがリッキー商会の倉庫番だったからって、なんだ?」
「面白い噂を耳にしたんだ。今日はそれを伝えたくてここに来た」
セリオは真っ直ぐにホセの目を見ると、白く繊細な指を顔の前に組んだ。
「リッキー商会にかけられた疑惑は、虚偽のものだ。誰かが仕組んで、キミたちを陥れた。相手に心当たりは?」
突然のことに、ホセはポカンと口を開けたまま、ただセリオを見ている。
「驚くのも無理はない。ホセが気づかないのも当然だ。ただ、そうと分かっても、疑惑を晴らすのは難しいだろう。なぜならアシオスの守護隊長であるドモーアが、そう判断したからだ。お前たちに、ドモーアと戦うつもりがあるなら俺が協力しよう。絶対に勝たせてやる」
セリオの強い言葉に、私たちは互いの目を合わせる。
エンリケが深く息を吐き出した。
「お前がどこの誰だか知らないが、随分とデカい口を叩くんだな。相手に心当たりだって? もしそんな奴がいるとしたら、倉庫に入り込んだネズミだ。分かったら、とっとと帰れ」
「ちょっと待って。リッキーの倉庫は、そんないい加減な管理態勢じゃなかったはずよ。ホセ、そうでしょ?」
「そうだよ。フィローネの言う通り、実際俺は倉庫で一度もネズミを見たことはないし、床下も倉庫の外壁にも、穴なんてなかった。ネズミの姿を見かけた時には、皆で徹底的に探して処分してたんだ」
「ホセは倉庫番だったんだよな」
セリオの碧い目が、好奇心いっぱいでホセを見つめる。
「キミが望むなら、いくらでも協力しよう。どうする?」
突然の提案に動揺したホセは返事が出来ない。
助けを求められたエンリケが代わりに噛みついた。
「おい。お前、ケンカに絶対勝つ方法ってヤツを知ってるか?」
「ほう。知らないな。どうすればいいんだ。是非教えてくれ」
「勝てるケンカだけを選んでやるんだ。最初っから負けると分かってる相手とは、ケンカしない」
「はは。ずいぶん消極的なコツだな。それじゃあ、ケンカのしようがないじゃないか。それでも勝ちたい時は、どうすればいい?」
セリオの言葉に、エンリケはゆっくりと答える。
「そんなものはない。正面切って死ぬ覚悟を決めるか、降参して服従するかだ」
「殺されてもいいと?」
「最後に生き残った奴が勝つんだよ。『服従』は『敗北』じゃない」
セリオの目が、じっとエンリケを見つめる。
「服従は敗北じゃない? だとしたらなんだ」
「それも最後に勝つために選んだ道なら、戦略だってこと。本当に負けたくないなら、『負け』をわざわざ選びに行く必要ないだろ」
「……。だとしたら、負けはなくても、勝ちはないな」
「バーカ。そうやって勝ち目が来るまでチャンスをうかがってんだよ。勝つためにだったら、何でもやる。どんな卑怯な手段でも、ズルくてもやる。それが出来ない奴に、一生勝てる日なんて来ない」