アルパラナ城外のならず者
第2話
執務室から続く隠し通路を抜け、城の外に出る。
俺たちが外に出る時は、三人とも髪を黒く染めていた。
公式にはほとんど表に出たことのない俺は、国民に顔を知られていない。
髪を同じ黒に染め碧い目をしていれば、多少の誤魔化しがきくし、身代わりともなれる。
この二人を自分の側近に選んだのは、二人が俺と同じ碧い目をしていたからだ。
「その商会とやらはどこだ」
「行ってみますか?」
「あぁ」
城の外は午後の日が回ったところだ。
借りた馬にまたがり街を駆け抜けると、草原の向こうに小さな館が見えてくる。
色の濃い青で統一されたその建物は、貴族の館にしては随分小さくみすぼらしい。
ドモーアなんていうバカに売り渡す屋敷としては、妥当なものに思えた。
馬で乗り付けると、柵状の門は開いたままだった。
門番らしきものもいるにはいるが、俺たちを見てもごにょごにょと口を動かすだけで、なんの対応もしない。
前庭には訪問客のものであろう馬車や荷車が整理されないまま散在し、随分と見苦しい状態におかれている。
屋敷の客だったらしい、それなりに身なりを整えたヨボヨボの爺さんが、俺たちの横を通り過ぎ敷地から出ていった。
それに対しても、門番は頭を一つ下げただけだ。
「勝手に入っていいのか?」
声だけは聞こえていたのか、門番の男がチラリとみあげた。
ディオスは馬の手綱を引き直す。
「おそらく出入りは自由かと」
「元貴族の屋敷が、聞いて呆れるな」
中に入り込んでも、馬を預かろうという気配もない。
繋いでおくためのそれらしき場所を見つけ勝手に置くと、やはり開け放したままになっている正門から、エントランスホールに入った。
館内も前庭と変わらず果てしなくごちゃついている。
「場末の酒場と変わらないな」
待てと言われた待機場所に腰を下ろしていると、再び席を移動させられる。
どうやら案内された別のテーブルで商談を行うらしい。
すぐ隣でも別の取り引きが行われているというのに、随分といい加減な店だ。
「初めまして。私はサパタ商会のアレハンドロと申します。こちらはカンデラ」
まだ若い、俺と大差のない年齢の男女二人組と握手を交わす。
ディオスとパブロとも、続けて握手を交わした。
「本日はどういったご用件で?」
随分と上から目線の話し方だ。
平民の格好をしているとはいえ、店の店員が客に対してする態度ではない。
「これを買い取ってくれないか」
こなれた口調で話し始めた男の前に、城から持ち出した小袋を投げ置いた。
商会に来るのに手ぶらでは話にならないだろうと、用意してきた手土産だ。
袋はフィローネからもらったもので、白い布地に赤い糸で何かの草の模様が刺繍されている。
ガシャリと音を立てたその袋の口を、男が開いた。
「これは……。どこで入手を?」
中に詰めてきたのは、毎日のように腐るほど贈られてくる宝石や装飾品の類いだ。
引き出しにあったものを、適当に放り込んだ。
「出所を訪ねるような、まともな商会だったのか? この店は」
「商品を乱暴に扱わないで下さいということです。失礼ですが、とても宝飾品を専門に扱う方とは思えない行動でしたので」
カンデラと名乗った女が、毛の長い布を張った台の上に一つ一つ持ってきた品を乗せ、鑑定を始める。
「家の中で余り過ぎていてね。処分に困っていたんだ」
「そうですか。残念ですが、こちらの商品はお預かり出来ません」
「ほう。それはどうして?」
「偽物です。何の価値もない」
「あはははは。それは面白い」
この宝石が偽物なら、城にあるものも全て偽物だ。
「偽物でも、いくらか値は付くだろう。これだけの数があるんだ。いくらになる」
「当店では、盗品のお取り扱いはしておりません」
「おや。そうだと聞いて、わざわざここに来てみたんだが?」
毅然とした態度をとる女の前で、俺はニヤリと微笑んでみせる。
店員の二人は顔を引きつらせた。
「やはり、こちらの品物はお断りします」
「言い値で売り渡してやろうというのに、随分な損を選ぶんだな」
「これが盗品でないと保証出来るなら、話は別です」
「信用の問題か」
「そうです」
白い肌に尖った目と鼻をしたこの女にとって、この店はどういう存在なのだろう。
そんなことが、ふと頭を過ぎる。
「この全てが偽物で価値がないというのなら、お前たちで処分してくれ。ゴミと思うなら、捨てろ」
俺が席を立つと、ディオスとパブロも続いて立ち上がった。
「それは困ります!」
「問題ない。俺がいいと言ってるんだ。いいだろ」
それでもまだ納得のいかない女を前に、俺は小袋を持ち上げると、机の脇にあったゴミ箱へそれを落とした。
「俺はこれを捨てた。お前たちもそれを見た。それまでだ」
「……。分かりました。こちらへお越しください」
ようやく動いたか。
エントランスホールを取り囲むようにぐるりと巻いた階段を登り、女は俺たちを二階へ案内した。
「こちらへどうぞ」
扉が開かれる。
広々とした書斎のような部屋に、赤い巻き毛とそばかす面の男が座っていた。
ペドリと共にジュルの店にいた男のようだが、相手は俺たちに気づいていない。
彼は咥えていた煙草の煙を吐き出した。
俺たちが外に出る時は、三人とも髪を黒く染めていた。
公式にはほとんど表に出たことのない俺は、国民に顔を知られていない。
髪を同じ黒に染め碧い目をしていれば、多少の誤魔化しがきくし、身代わりともなれる。
この二人を自分の側近に選んだのは、二人が俺と同じ碧い目をしていたからだ。
「その商会とやらはどこだ」
「行ってみますか?」
「あぁ」
城の外は午後の日が回ったところだ。
借りた馬にまたがり街を駆け抜けると、草原の向こうに小さな館が見えてくる。
色の濃い青で統一されたその建物は、貴族の館にしては随分小さくみすぼらしい。
ドモーアなんていうバカに売り渡す屋敷としては、妥当なものに思えた。
馬で乗り付けると、柵状の門は開いたままだった。
門番らしきものもいるにはいるが、俺たちを見てもごにょごにょと口を動かすだけで、なんの対応もしない。
前庭には訪問客のものであろう馬車や荷車が整理されないまま散在し、随分と見苦しい状態におかれている。
屋敷の客だったらしい、それなりに身なりを整えたヨボヨボの爺さんが、俺たちの横を通り過ぎ敷地から出ていった。
それに対しても、門番は頭を一つ下げただけだ。
「勝手に入っていいのか?」
声だけは聞こえていたのか、門番の男がチラリとみあげた。
ディオスは馬の手綱を引き直す。
「おそらく出入りは自由かと」
「元貴族の屋敷が、聞いて呆れるな」
中に入り込んでも、馬を預かろうという気配もない。
繋いでおくためのそれらしき場所を見つけ勝手に置くと、やはり開け放したままになっている正門から、エントランスホールに入った。
館内も前庭と変わらず果てしなくごちゃついている。
「場末の酒場と変わらないな」
待てと言われた待機場所に腰を下ろしていると、再び席を移動させられる。
どうやら案内された別のテーブルで商談を行うらしい。
すぐ隣でも別の取り引きが行われているというのに、随分といい加減な店だ。
「初めまして。私はサパタ商会のアレハンドロと申します。こちらはカンデラ」
まだ若い、俺と大差のない年齢の男女二人組と握手を交わす。
ディオスとパブロとも、続けて握手を交わした。
「本日はどういったご用件で?」
随分と上から目線の話し方だ。
平民の格好をしているとはいえ、店の店員が客に対してする態度ではない。
「これを買い取ってくれないか」
こなれた口調で話し始めた男の前に、城から持ち出した小袋を投げ置いた。
商会に来るのに手ぶらでは話にならないだろうと、用意してきた手土産だ。
袋はフィローネからもらったもので、白い布地に赤い糸で何かの草の模様が刺繍されている。
ガシャリと音を立てたその袋の口を、男が開いた。
「これは……。どこで入手を?」
中に詰めてきたのは、毎日のように腐るほど贈られてくる宝石や装飾品の類いだ。
引き出しにあったものを、適当に放り込んだ。
「出所を訪ねるような、まともな商会だったのか? この店は」
「商品を乱暴に扱わないで下さいということです。失礼ですが、とても宝飾品を専門に扱う方とは思えない行動でしたので」
カンデラと名乗った女が、毛の長い布を張った台の上に一つ一つ持ってきた品を乗せ、鑑定を始める。
「家の中で余り過ぎていてね。処分に困っていたんだ」
「そうですか。残念ですが、こちらの商品はお預かり出来ません」
「ほう。それはどうして?」
「偽物です。何の価値もない」
「あはははは。それは面白い」
この宝石が偽物なら、城にあるものも全て偽物だ。
「偽物でも、いくらか値は付くだろう。これだけの数があるんだ。いくらになる」
「当店では、盗品のお取り扱いはしておりません」
「おや。そうだと聞いて、わざわざここに来てみたんだが?」
毅然とした態度をとる女の前で、俺はニヤリと微笑んでみせる。
店員の二人は顔を引きつらせた。
「やはり、こちらの品物はお断りします」
「言い値で売り渡してやろうというのに、随分な損を選ぶんだな」
「これが盗品でないと保証出来るなら、話は別です」
「信用の問題か」
「そうです」
白い肌に尖った目と鼻をしたこの女にとって、この店はどういう存在なのだろう。
そんなことが、ふと頭を過ぎる。
「この全てが偽物で価値がないというのなら、お前たちで処分してくれ。ゴミと思うなら、捨てろ」
俺が席を立つと、ディオスとパブロも続いて立ち上がった。
「それは困ります!」
「問題ない。俺がいいと言ってるんだ。いいだろ」
それでもまだ納得のいかない女を前に、俺は小袋を持ち上げると、机の脇にあったゴミ箱へそれを落とした。
「俺はこれを捨てた。お前たちもそれを見た。それまでだ」
「……。分かりました。こちらへお越しください」
ようやく動いたか。
エントランスホールを取り囲むようにぐるりと巻いた階段を登り、女は俺たちを二階へ案内した。
「こちらへどうぞ」
扉が開かれる。
広々とした書斎のような部屋に、赤い巻き毛とそばかす面の男が座っていた。
ペドリと共にジュルの店にいた男のようだが、相手は俺たちに気づいていない。
彼は咥えていた煙草の煙を吐き出した。