アルパラナ城外のならず者

第7話

 会議のための部屋に入ると、ヘススとフレンが深々と頭を下げる。
居並ぶ守護隊長たちも最敬礼の姿勢を保ったまま、合図があるまで動かない。
薄い垂れ幕一枚で、完全に世界が分けられていた。
俺から見る世界は、いつだって何かに覆われている。

「さぁ、始めましょう」

 フレンの合図で、退屈な時間が始まった。
ここから逃げられない俺は、目の前に並べられたイラの実をつまむ。
この白く芳醇な香りのする珍しい果物は、東方の国の女王が好んだ果物だったそうだ。
栽培が難しく高価であったため、妃の望むままに買い与えた王は、その国を滅ぼしたという。
口に運ぶと、蕩けるように甘い汁が滴り落ちた。

「ニロ王子。そろそろお目覚めを」

 ささやくディオスの声に、目を覚ます。
いつの間にかソファでうたた寝をしていたようだ。
白いカーテンの向こうで、俺と同じように座ったまま居眠りをしている守護隊長も見えるなか、ドモーアが立ち上がった。

「さて。先日お騒がせしてしまったアシオスでの火災の件、まずはお詫び申し上げます」
 片腕を頭上に掲げ、振り下ろす勢いで頭を下げる仰々しいパフォーマンスが、コイツのクセをさらにクドくしていた。
ヘススは完全にドモーアと協調態勢にある。

「素早い鎮火で延焼を防いだのは、ドモーア隊長のおかげです。我々からもお礼を申し上げたい」
「いいえ、ヘスス公爵さま! これはお褒めにあずかるようなことではございません。我の不徳の致すところ。恥じ入るばかりでございます」

 ヘススが自分に媚びる配下を褒め称え、彼に認められたいウジ虫がそれを謙遜する。
いつもの茶番が始まった。

「それで、火災の原因はやはり不審火と?」
「はい。現場は人の立ち入りを禁止していた、火の気のないところでございます。故に私はこれを、放火と判断いたしました」
「おぉ。それは放ってはおけませんな」
「もちろんです。ヘスス公爵さま」
「ならば早急に犯人を突き止め、厳重な処罰を……」
「犯人はすでに、捕らえております」

 その言葉に、俺は甘い汁のついた指を舐めるのを止めた。

「今回の火災は、以前こちらでご報告いたしました、アシオスの商業圏で大きな影響力を持っていた、リッキー商会の倉庫広場で起こった火災です。しかも、不正取引の調査中での出来事。犯人は自ずと目星がつくものです」
「不正取引ですと?」
「まだ調査は続行中ですので、詳しいお話しはここでは控えさせていただきますが……。以前、シア隊長よりお伺いのあった盗品の売買にも、彼らが関わっていた可能性が……」
「では、今回の火災は、その商会の人間の仕業だと?」
「はい。経営者であったリッキーを取り調べていたところ、罪を認めておりました。そこで本人の反省も深く逃亡のおそれもないと、帰宅を許可したところ……」

 ドモーアは自分の顔に片手をあて、酷く塞ぎ込んでみせた。

「自ら命を絶ちました。家族も一緒にです。酷い事件を起こしてしまったとはいえ、なんとも悲痛な最期。遺書も見つかり、そこには謝罪と反省が述べられておりました。我々は罪を許し、彼らを丁重に葬ったことをお許しください」

 店主が死んだ? 
俺はディオスと目を合わせる。
パブロの横顔も、ぎゅっと引き締まった。
店主は捕らえられていたはずだ。
アシオスの牢獄で命を絶ったということか?

「死者に祈りを捧げましょう」

 ヘススが胸の前で手を合わせる。
ドモーアも同じように目を閉じた。

「しかし、それでは放火は誰が?」
「彼らが罪を認めたことにより、倉庫番として働いていた男を釈放いたしました。ですがその彼が、その日の晩に倉庫に火を放ってしまったのです」
「なんと!」
「これほど不幸な事件がありますでしょうか」

 ドモーアは役者のように大きく両腕を広げる。

「倉庫番の男は、店主が罪を認め自ら命を絶っていたということを、知らされておりませんでした。なのに釈放されたとたん、自らの盗品売買の証拠隠滅のため、倉庫に火を放ったのです」
「愚かなことです」
「彼の忠誠心は称えるべきものでもありますが、同時に間違っておりました。正しい道に進んでいれば、どれだけよかったことでしょう。しかし、やってしまったことには、向き合わねばなりません。再び彼を捕らえ、現在牢に繋いでおります。判決は世間を騒がせたことと、事件の大きさを鑑み、絞首刑に致したいと思っております」

 倉庫番の男が絞首刑だと? あの足の悪い男がか!

「我々は、ドモーア隊長の判断を尊重いたします」
「私もアシオスの守護隊長として、断腸の思いにございます。彼には、可愛らしい恋人もおりましたのに。二人で思い詰めての犯行と、彼女が認めました」
「では、将来のある若者二人が」
「はい。店主の一家心中と合わせ、残念な結末です。おかげでアシオスの街は、現在深く沈んでおります。彼らの店は、多くの商店と取り引きのある卸問屋でもありました。今後はアシオス守護隊の管理下の元、公平な取り引きが行われるよう、経済の立て直しにも注力していきたいと……」
「ドモーア隊長!」

 一人の男が立ち上がった。シアだ。

「一つ確認しておきたい。それでは今後、アシオスでの商取引は、全てドモーア隊長の管理下で行われると?」
「『全て』と言われると、語弊があるのはご理解いただきたい。今回の反省を深め、今後は公平で安全な取り引きが行われるよう努めてまいります」
「お答えいただきたいのは、盗品売買の件です。アシオスはドモーア隊長の就任以降、大幅な改善が見られているものの、地域柄なかなか統治の難し地区にございます。これまでの我々の調査では、組織だった買い取り手までは確認出来ていませんでした。今後ドモーア隊長率いる守護隊の監視下に入れば、このようなことは起こりえないと?」
「もちろん、我々の新しく立ち上げる商会が、アシオス全ての商取引を扱うわけではございません。個人間でのやりとりまで把握するのは、非情に難しい。闇取引きとなると、なおさらどこの地区に限らず手は焼くもの」

 静まりかえった部屋で、ドモーアとシアが火花を散らす。

「それでも、不正の摘発は続けていかれると」
「当然だ。アシオスの治安は守護隊長であるこの私が守るもの」
「……。今後のドモーア隊長のご手腕に、期待しております」
「皆さんの期待に応えられるよう、鋭意努力して参ります」

 シアが腰を下ろし、ドモーアもようやくしゃべるのをやめた。
御前会議は次の議題に移り、俺はディオスを呼び寄せ耳元にささやく。

「リッキー商会の件、どうなっている?」
「我々の把握している状況と異なります。店主とその一家が亡くなっているのは、事実のようですが……」
「お前は、本当にあの足の悪い男が、倉庫に火をつけたと思うか?」

 ディオスは小さく首を横に振った。
俺もそう思わない。

「動きはどうなっている」
「火災発生を受け、再び倉庫番のホセが捕らえられたとは聞いておりましたが、フィローネが確保されているという件に関しては、報告に上がっておりません」
「もう一度確認しろ」

 俺の渡した資料はどうなった? 
それで判決を覆すんじゃなかったのか? 
現場は焼けてしまった。
あの資料だけでは、証拠が不十分だったということか? 
それとも、本当にリッキーとかいう店主は不正を働いていて、下はそれに気づいていなかったのか?

「クソッ……」 

 俺は目を閉じ、雑念を振り払った。
何かを疑い始めれば切りがない。
大きな火災だったとはいえ、人的被害もないなか、空き倉庫での火災だ。
いずれにせよ、絞首刑にするには刑が重すぎる。
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